中学受験・社会 戦後の経済をまとめてみる~その1

中学受験の社会の中で、受験生が苦手とする分野の一つが「経済」についてのところです。経済は世の中の仕組みと密接に結びついており、生活に大きく関わってくるところです。ですが、経済については大人でも深く理解するのは難しく、まして小学生にとっては仕組みそのものを理解するのもそう簡単ではありません

とくに戦後の経済については、それまでの経済の仕組みを大きく変え、現代のわれわれを取り巻く環境の土台となる重要な部分が詰まっています。経済の観点から日本の歴史、特に現代の歴史を理解することができると、覚えなければならない知識が結びつき、忘れにくくなります。

今回は、戦後の経済を理解するために必要な知識をまとめていきます。数回に分けて解説していくので、しっかり理解を深めていきましょう。

GHQ占領下のもとで行われた経済政策

第二次世界停戦後、日本はGHQの占領下に入ります。その中で、GHQが中心となって行われた経済政策についてまとめてみましょう。

傾斜生産方式

それまで日本の基幹産業であった、石炭と鉄鋼の増産に特化して、工業生産力を復興させる、というのがこの傾斜生産方式です。用語は難しく感じるかもしれませんが、どのような経済政策だったかどうかを理解しておきましょう。

石炭と鉄鋼の増産に特化して工業生産力を復興させるということを基盤として、電力や化学肥料などの産業を成長させようとしました。この政策には、大規模な金融緩和が伴うことになりました。つまり、世の中に出回るお金を増やすことにしたわけです。

世の中に出回るお金を増やす、と考えれば、金融緩和ということばの意味も分かりやすいのではないでしょうか。現在の日本でも金融緩和は毎日のようにニュースで取り上げられていますね。基本的な仕組みをしっかり知っておきましょう。

この傾斜生産方式で、具体的には1947年に復興金融金庫が作られ、鉄鋼産業や石炭産業に、安い利子でお金を貸し出しました。このような経済の仕組みは非常に基本的なものなので、金融緩和、低金利、産業への貸し出し、産業の復興、という順序を理解しておきましょう。

ドッジ安定恐慌

傾斜生産方式の結果、急激なインフレーション、つまり物価上昇が加速しました。インフレーションということばはよく出てくるので覚えておきましょう。

このインフレーションは、復金インフレとも呼ばれています。この対策のため、ドッジ・ラインという政策が導入されました。これは、アメリカのデトロイト銀行の頭取であったジョセフ・ドッジという人が提唱したので、ドッジ・ラインと呼ばれるようになりました。

ドッジは、経済安定九原則という経済立て直しの政策を提唱しました。この政策により、インフレ自体はおさまったのですが、今度は逆にデフレーションが進行し、不況になってしまいました。これを「ドッジ安定恐慌」といいます。

インフレーションとデフレーションは、混乱しやすいので、内容を確認して、セットにして覚えておきましょう

朝鮮特需

不況が深刻化していた1950年、朝鮮戦争が勃発します。アメリカ軍から日本に対して、物資やサービスの発注が急増しました。補給物資の支援をしたり、戦車や戦闘機の修理をするなどして、アメリカ軍の後方支援をしたわけです。

これによって、日本経済は不況から脱することができ、戦前の水準を超えるまでになりました。これを朝鮮特需といいます。特需ということば、それがなぜ起こったのか、よく理解しておきましょう。

高度経済成長時代の経済

朝鮮戦争を一つのきっかけとして、日本は高度経済成長時代に入ります。戦後の経済復興から、日本は経済成長の一途をたどり始めます。

神武景気(1954年~1957年)

朝鮮特需をきっかけに、日本経済は好景気といってよい状態に入ります。神武景気と呼ばれるこの経済の好状況は、「もはや戦後ではない」と経済白書に記されるほどでした。

その当時、「三種の神器」と呼ばれたものがあります。それは、「冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ」です。この「三種の神器」は、庶民の憧れとなりました。

この「三種の神器」は、内容とともに必ず覚えておきましょう。この、神武景気という経済の好状況の象徴ともいえることばです。

その後、好景気の反動で急速に不景気となり、中小企業の倒産がたくさん起こるようになります。この不況は長期化が予想され、「なべ底不況」と呼ばれるようになります。このことばも覚えておきましょう。

岩戸景気(1958年~1961年)

なべ底不況は予想に反してそれほど長期化せず、再び日本は好景気をつかみます。この景気は、神武景気を上回るほどのものだったことから、岩戸景気と呼ばれました。日本神話の「天の岩戸」伝説から名づけられました。国民の間に中流意識が広がり、スーパーマーケットなどの大型店舗ができました。ここから高度経済成長が本格化していきます。

この時期の有名な経済政策として、当時の池田勇人内閣の、「所得倍増計画」が挙げられます。1960年のことです。10年で1人あたりの国民総生産(GNP)が西側(資本主義)諸国の中で世界第2位になりました。

戦後の焼け野原から、資本主義諸国の中で世界第2位の国民総生産をあげるまでになり、高度経済成長はいっそう加速していきます。

まとめ

今回は、戦後のGHQによる占領下から、高度経済成長が始まるまでの、日本の戦後経済の歩みをまとめてみました。

経済は、小学生には正確に理解するのはなかなか難しいものです。入試でも、細かい用語を聞くというよりも、インフレとデフレの違いや、円高やドル安の意味など、経済の基本用語とその意味、それが経済においてどのような意味を持つのか、というところをしっかり押さえておきましょう。

経済関係のニュースは毎日のようにテレビや新聞で報道されています。ぜひ、親御さんが、「これはどういうこと?」というお子さんの疑問を引き出し、簡単なことばで解説してあげてください。一緒に確認することによって、理解が深まり、興味を持って勉強していくことができるようになります。

サピックスの最上位生でも、ことばの上面だけを覚えようとして、どういうことか説明してみよう、といったところ実は全く理解できていない、ということは実際によくあることです。特に経済分野に苦手意識を持っている受験生の方は、頭から丸覚えしようとするのではなく、経済の全体像をまずしっかりつかむようにしましょう。

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