この数年、中学受験において顕著にみられる傾向があります。それは、「附属校志向の高まり」です。10年ほど前に、リーマン・ショックといった世界的経済不況が起こったことや、理系志向、それも医学部志向の高まりがあったことから、いわゆる中高一貫の進学校に人気がシフトしていきました。大学附属校は比較的学費が高い、ということも要因の一つにあったと思われます。
しかし、近年、たとえば大学の系列に入る学校や、女子の中高一貫校が大学の系列校になり、さらに共学化するといった動きが活発になっています。中学受験に時間をかけた分、大学受験のことを考えずにのびのびと学校生活を送らせてやりたい、という親御さんの気持ちもありますし、2020年の大学入試改革が予定されていることにより、大学入試がどのように変わるのか、その全体像が見えないという不安感も附属校人気を押し上げています。
今回は、近年続いている「附属校志向」を取り巻く背景と、今後の中学受験の傾向の見通しについて書いていきます。志望校を決める際に、大学附属校と中高一貫校で迷うご家庭は非常に多いです。参考にしていただければと思います。
「附属校志向」は特に女子に多い?
いま、中学受験をお考えのお子さんをお持ちの親御さんは、ベビーブーム世代、いわゆる「受験戦争」といわれるようになった時代を過ごしてきた方も多いのではないでしょうか。そのような世代の親御さんの意見として、「大学入試が今後どう変わっていくのかわからないから、中高一貫校だと先が見えなくて不安」「いま、附属校に入れておけば、6年後にまた気をもまなくていいから安心」というものが非常に多く聞かれます。
「大学入試改革の方向性がよくわからない」「不安」という理由からくる「附属校志向」は、大学入試改革の可能性がでるたびにこれまでもありましたが、今回の大学入試改革がかなり大幅なものになりそうだということから、附属校に入れておいた方が安心、そのように考える親御さんが少なくないのだと思います。
また、2016年度から、私立大学の定員について、あまりにも多く合格者を出してはいけないという厳格化が進んだことにより、私立大学トップの早慶上智やG-MARCHと呼ばれる大学の倍率がかなり上がったことも、より附属校志向に拍車をかけている点も見過ごせません。もちろん、附属校から全員が大学に進学できるとは限りません。中学から高校に全員進学できるとは限りませんし、学校によっては中学の段階で留年させるところもあります。
また、附属校の方がのびのびとした学生生活を送ることができる、というイメージを持たれるかもしれませんが、大学まで連携して行われる授業のレベルは非常に高いものですし、日々の課題も多く、中にはいわゆる進学校と変わらない日々を送るという方もいらっしゃいます。
そういう内部事情を知ってか知らずか、慶應義塾幼稚舎や青山学院初等部など、併設された小学校がある学校では、内部進学生がより増加傾向にあり、大学までエスカレーター式の教育を受けるために余裕のない毎日を送っている方も少なくありません。
また、これまでは女子の中高一貫の進学校を目指してきた成績上位層の女子が、共学の附属校を選ぶケースも増えています。以前から、御三家と慶應中等部の両方に合格した場合に、慶應中等部に進学する生徒さんはいましたが、その傾向が顕著になってきており、「附属」「共学」志向は、特に女子受験生にとって魅力的なものとなってきています。
男女別学、進学校の良さも考慮に入れるべき
少子化は進んでいますが、今後、東京都における、中学受験を視野に入れるくらいの年齢層(年少人口)は、都区部で、2020年から2025年までに約1割、さらに2030年までに1割ほど減少する見通しとなっています。
2008年のリーマン・ショックを境に、中学受験者数はピーク時の約2割減少したといわれています。また、中学受験をしたものの、学費の高さからやめていく生徒さんもいました。その結果、中学受験に対する志向は二極化し、偏差値でいうと、中堅下位校といわれる学校の志願者が最大で5割から6割減少するまで、その二極化が極端化しました。
その二極化はいまだ解消されてはおらず、今後、中学受験生となる小学生の人口そのものが減れば、いわゆる定員割れに陥る学校が男女問わずさらに増えていくと考えられます。一つの節目は、2020年の大学入試改革ですから、各学校はそれまでにはっきりした学校の「色」を打ち出し、大学進学実績も上げて、「いい学校」という評判を得ておきたい、いわば学校の「ブランド化」を確立しておきたい、という思いを持っています。そのような思いのもと、多くの学校現場では今まさに試行錯誤が進められています。このブログでもご紹介しているアクティブ・ラーニングや、今後ご紹介していくダブル・ディプロマなどはその代表格です。
附属校志向、共学校志向が続く中、そうした学校改革を行って、男女別学であることや、中高一貫の進学校だからこその良さを打ち出そうとする学校も増えています。たとえば、共立女子中学では2016年度から、「算数+合科型論述テスト」を取り入れたり、品川女子学院では、2018年度から算数1科入試を開始します。いわゆる思考力型入試を取り入れる学校も増えています。
大学入試改革という入り口が注目されますが、大事なのはそのあとです。近年、理系学部はもちろん、経済学や経営学といった学部でも数学が重視されるようになってきました。そして、女子学生の理系志向、実学志向は高まっています。そこで、算数を重視する入試を行うことによって、女子校は理数系教育に弱いというイメージを覆し、将来を見据えて数学や理数教育に力を入れる、という学校の方針が見て取れます。
重視すべきなのは、入学してからの教育方針
今回の大学入試改革の根本にあるのは、「高大接続」という考え方です。高校までの学習と、大学に入ってからの学習をつなげるべく、中学、さらには小学校にまでさかのぼって学習指導要領が改訂されてきているのです。
これまでの一般的な教育は、「知識偏重」といわれてきました。来るべき大学入試に間に合わせるべく、各科目の広い範囲を高校までの間に詰め込むだけ詰込み、それを入試の場で吐き出すだけ、というイメージを持たれてきたのではないかと思います。もちろん、高校までに学ぶ知識をどう応用するかという「考える力」は大学に入っても必要ですが、そこをクリアできる生徒が少なかった、といってもよいかもしれません。
知識重視ということばからわかるように、大学や社会で求められる力、たとえば「考える力」「コミュニケーション能力」「表現する力」そういったこととずれが生じやすい面があったことは否めません。
今回の大学入試改革がどのようなものになるかはまだ詳細明らかではありませんが、今後は、高校の段階でも、大学や社会に出てから求められる、「答えが一つではないような課題に取り組む」ための思考力や判断力、表現力を身につけていこう、という学習指導要領を実現していく、という方針は固まっています。
そのための手段として重視されているのが、「課題を研究する」という、その場限りではない学習です。それも、各教科に分断せず、教科横断型の学習も始まっています。さまざまな課題について問題点を見つけ出し、それについて調べ、思考を深めていくこと、一人で考えるだけでなくグループで話し合い、試行錯誤しながら解決法を見出していくという、課題の研究です。この経験を高校までにしておくことが、大学以降、社会で生き抜いていくための力を養成するのに大変重要なことだと考えられています。
今後の大学入試では、大学によりますが、一般入試の枠が減り、推薦・AO入試の枠がより一層広がってくる可能性があります。慶應大学は、すでにセンター利用入試を廃止し、早くからAO入試やFIT入試など、大学独自の入試を重視してきました。このような傾向がほかの大学にも広がっていく可能性は十分にあります。
単に推薦・AO入試といっても、評価の方法は大学や学部によってさまざまです。面接や小論文、討論などによって思考力や判断力、表現力を幅広く評価するような入試が増えていくでしょう。ただし、面接で聞かれたことを自分なりにかみ砕いてどう答えるか、小論文で与えられた課題をどのように自分なりに構成して書いていくか、討論といってもただ自分の意見を言うだけではなく、他者の意見を聞いてそれに対してどのように柔軟に対応していくか、そういったことは、悪者のように言われてきた「知識」が全くなくては実は歯が立ちません。
思考力が大切だから知識はいらない、と極端に考える方が増えているのですが、決してそうではなく、思考力や表現力を磨いていくうえで必要な知識をどん欲に吸収する意欲、そういった面も無視できないどころか、道具として使いこなせるまで自分のものにするレベルにしておく必要があります。そのことを忘れないでいただきたいと思います。
まとめ
大学附属校は、中高と大学が連携しており、早い段階から大学教授による授業を受ける機会があるなど、附属校ならではの特色があります。そして、高校までの学習と大学での学習を連携させることによって、課題を研究する授業をカリキュラムに取り入れやすい、というメリットがあります。そのため、今後も附属校志向は続いていくと考えられます。
ただし、課題研究は1日でできるようなものではありません。長ければ1年以上かけて取り組み、論文を書いたりプレゼンテーションをしたりするなど、教育の効果が実際に表れるのには時間がかかります。そのために、身につけておくべき知識の習得をおろそかにしてしまうおそれがあり、それが将来的に学力に大きく影響してくることには注意しておきましょう。
中学受験の志望校を決定する際には、どうしても偏差値や大学進学実績といった、目の前の「数字」に目が行きがちですが、わが子に合った学校がどこかを考える上で、そういった数字だけで決めるのは危険です。大切なのは、入学してからどのような教育がなされるのか、その「中身」です。そして、新しく教育改革をしている、とうたっている学校に関しては、「結果」が伴っているのかどうかもしっかり見極めなければなりません。それは、受験生にできることではなく、やはり親御さんがなさるべきことです。
ぜひ、わが子がこの学校に入学したら、どのような中身のある教育を受け、成長し、能力を伸ばしていくことができるのだろうか、そういった教育の中身をしっかり吟味して受験校を選んでいただきたいと思いますし、また、吟味する必要性が増してきていることを意識していただきたくことが重要だということを知ったうえで、受験校について調べていってください。
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一橋大学卒。
中学受験では、女子御三家の一角フェリス女学院に合格した実績を持ち、早稲田アカデミーにて長く教育業界に携わる。
得意科目の国語・社会はもちろん、自身の経験を活かした受験生を持つ保護者の心構えについても人気記事を連発。
現在は、高度な分析を必要とする学校別の対策記事を鋭意執筆中。