近年、中学入試問題の出題傾向は大きく変わりつつあります。以前は知識問題を中心に、大問で淡々と問題を解いていくという出題傾向でしたが、この10年余りで出題傾向はガラッと変わりました。
特に、理科や社会については「知識問題でしょ」と思われる方も多いかもしれませんが、知識だけでは太刀打ちできない、現場思考が求められる出題や、長いリード文を読ませて多方向からの設問をたくさん答えさせるような出題が、特に難関校を中心に最近のトレンドです。
学習要領改訂や大学入試改革に合わせて、中学入試は様変わりしています。いわば、先取りをしているとも言えるでしょう。ですから、これまでのような知識偏重の出題は減っていき、代わりに正確な知識の理解を前提とした、現場で考えさせる柔軟な思考力を問う問題が出題の中心になってきていること、そしてその傾向はこれからも続いていくであろうことは容易に想像できることです。
もし、理科や社会は暗記すれば直前期でもなんとかなる、という考えをお持ちでしたら、その考えは改めたほうが賢明です。なぜなら、そのような考え方では、知識を入れるので精一杯になってしまい、現場思考を要求する現在の入試問題には太刀打ちできないからです。また、最近の傾向に合わせた演習をする時間も無くなってしまいます。
今回は、理科や社会の変わりつつある出題傾向を解説し、今後の入試問題の出題傾向とそれに対処する方法についてご紹介します。視点をぶれさせることなく、お子さんの学習に活かしていく参考にしてくださいね。
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思考力を問う問題が中学入試のトレンド
理科の入試問題は、おおむね、生物・地学・化学・物理の4分野からまんべんなく出題される傾向に大きな変化はありません。ただし、理科の現象を本質的に理解しているかどうかを問う問題が頻出傾向にあると言えるでしょう。特に、生態系などの環境に関する問題や、天体、振り子・てこ、植物や昆虫といった生物に関する実験考察問題が多く出題される傾向にあります。
2019年はは月面着陸から50周年だったということや、日食や月食といった天体ショーがあったため、月や天体に関する問題が多く出題されました。社会では、ある出来事から何年後、ということをポイントとして出題する、いわゆる「周年問題」は良く出題されますが、理科でも、天体に関する出来事や地震といった事件から何年後といったように、周年問題が出題される傾向も目立つようになりました。
毎年、おおむね4分野からまんべんなく出題されてきた理科の入試問題ですが、その傾向は今後も続くと考えられます。そのため、各分野についての正確な理解が求められると言えるでしょう。対策法としては、まずは基礎基本となる事項、知識を固めることと、各分野の定番問題をしっかり解けるようにすることが必要です。
たとえば、筑波大学附属駒場中学校では、てんとう虫の羽が体のどこから出ているか、という、昆虫の体のつくりの基本事項を知っていなければ解けない問題が出題されました。このように、昆虫の体のつくりや植物の種子、花の種類と特徴といった基礎基本の知識は、どの中学校を受ける際にも必ず身につけておかなければならないのです。
塾のテキストで基本事項を学ぶことが多い受験生ですが、基本事項は小学校の教科書にしっかりまとめられているので、そこに載っている知識も大切にしましょう。これについては後ほど解説します。
注意しなくてはいけないのは、基礎基本事項はただひたすら覚えればよいというわけではない、ということです。最近の入試問題は、問いに対する答えがひとつ、といった1問1答のような単純な知識問題はまず出題されません。あくまで基礎基本事項は様々な問題を解くための手段なので、しっかり押さえたうえで、思考力を必要となる応用問題を解けるようにしなければなりません。
理科の入試問題では、実験やそれに基づく考察問題が頻出ですが、グラフの読み取りや条件の整理、グラフの作成などが求められます。このような思考力を必要とする問題については、基礎基本があることは前提として作問されています。基礎基本事項は正確に、深く理解したうえで、実際の問題で「使いこなせる」ことが必要です。ですから、まずは基礎基本事項を徹底したうえで、どのような問題でどの知識を使えば良いのか、という知識のつながりを意識して学習するようにしてください。
小学校の教科書をおろそかにしてはいけない
中学受験の理科や社会では、各分野とも学校の教科書や図鑑、資料集などと照らし合わせながら知識を正確に理解していくことがとても大切です。
理科の場合
理科は想像力がないとなかなか正解できない教科と言えるでしょう。ひとつの実験観察をとっても、中には典型的なものではなく一見知らないように見える問題が出題されることも多いです。そのため、「こういう条件だったらこうなるだろうな」という意識を持ちながら解くことがとても大切です。たとえば植物の場合、植物の形状、色、花や葉のつくりなどの知識を系統だてて覚えておき、実験考察に必要な原理原則も抑えておく必要があります。たとえば、鴎友学園では必ずカラーの写真入りで植物の知識を問う問題が出題されます。そういった問題に対処するためには、単に塾のテキストの文章を眺めているだけでは足りないのです。
学校の理科の教科書には表やグラフはもちろん、カラー写真を用いた資料なども充実しています。また、基本となる実験についても分かりやすくかみ砕いて掲載されています。図鑑や資料集ではさらに詳しく植物や動物についての知識やさまざまな実験の結果を写真とともにまとめてくれています。文字だけの学習ではイメージしきれない点を、表やカラー写真を交えてわかりやすく説明してくれているので、教科書や図鑑、資料集はぜひ活用したいところです。
理科は、図に関わる問題やデータに関わる問題が非常によく出題されます。中学校によっては鳥のくちばしを書かせたり昆虫の図を書いたりする問題も出題されています。筑波大附属駒場中学校や駒場東邦中学校では鳥のくちばしを書かせる問題は頻出ですし、以前海城中学校ではサケの切り身の図に背骨を書き入れさせる問題を出題しています。どれも教科書や図鑑に普段から親しんでいたり、日常生活の中で目にしているものに関する問題ですが、決して正答率は高くないのです。それは、やはり教科書や図鑑、資料集といった大切なツールを使って基本を理解していないからです。
最近の中学入試では、単に用語だけを覚えていても正解できない問題が増えています。たとえば人体の臓器の問題なら、まずそれぞれの臓器の役割を理解し、説明できるくらいまで覚えるように徹底する必要があります。つまり、「答えと理由付け」をセットで理解する必要があるのです。そのときに大きな助けになるのが、教科書や図鑑、資料集などに出てくる「図」や「グラフ」「実験結果」なのです。
今の時期にこそ、教科書や図鑑、資料集を活用し、その内容をしっかり頭に入れることを意識して学習を進めてください。教科書に書かれていることは、中学入試で求められる最低限の知識です。男子最難関校の筑波大学附属駒場中学校では、教科書の図表の下に小さく書かれている説明についての知識を問うなど、教科書を隅々まで理解しているかどうかを確認する問題が出題されます。このように、教科書の内容を理解していることを前提にして中学入試の問題は出題されていることを忘れてはいけません。教科書には中学受験の基礎中の基礎が詰まっていることを忘れずに、理科の学習をするときは必ずそばにおいて調べるように習慣づけるようにしましょう。
社会の場合
社会の学習では、地図帳や資料集を活用して学習することが重要です。地図帳や資料集とともに社会の学習をする際に非常に重要なのがやはり学校の社会の教科書です。学校の教科書には表やグラフはもちろん、カラー写真を用いた資料・史料も充実しています。塾のテキストのような文字だけの知識ではなかなかイメージしきれず、覚えにくいところをわかりやすく説明してくれているのも嬉しいところです。地理なら地域別の特徴や、歴史ならその時代ごとに押さえておくべき内容と資料をカラーで入れてくれてあるので、ぜひ徹底的に利用したいところです。たとえば、昔の人々の暮らしや、各時代の文化遺産の特徴などはなかなかイメージしにくいですよね。それをカラーの図表入りで説明してくれる学校の教科書や地図帳、資料集は社会の学習のためにとても重要な役割を果たしてくれます。
普段なかなか学校の授業でしか教科書を見ないことが多いかもしれませんが、今の時期に教科書の基礎基本の内容をしっかり振り返る時間をとっておくと、周囲に差をつけることができます。理科と同様、社会の教科書の内容は、中学入試の際に必要な最低限の知識ですし、中学校側も理解していることを前提として入試問題を作ります。教科書の図表の説明についての知識を問う問題が出題されることもあります。決して問われている知識自体は難しいわけではなく、正しく理解しているか、知識が整理されているか、知識と知識のつながりを意識して学習しているかという視点が問われるのが近年の中学入試の傾向です。
教科書は、そういった意識を促進してくれる存在です。たかが教科書、と侮ることなく、中学受験における基礎基本が詰まっている基本書としてぜひ徹底活用してください。塾のテキストで読んでもなんだかわからない、という場合は教科書に立ち返りましょう。
地理では、地図帳が重要ですし、歴史でも、視覚を大切にした学習は非常に大切なので、歴史資料集をしっかり活用しましょう。浜島書店などの歴史資料集をお持ちの方が多いかもしれません。かなり細かい知識までも網羅されていますし、何といってもカラーで人物や歴史に関する史料をまとめてあるので、人名と顔や服装、起こった戦争の様子、文化史で有名な人の顔や当時の人々が使っていた道具の写真などが集められており、常に横において調べるようにすると、知識と結びつけることができ、幅が広がります。
また、最近の中学入試問題は資料・史料問題が非常に増えています。ですが、出題される資料は手持ちの地図帳や資料集に載っているものばかりです。ですから、これを活用しないのは大変もったいないことです。社会の学習をする際には必ず教科書に加え、地図帳や資料集を常に机に出しておき、忘れているところが出てきたらその都度確認しましょう。さらに進んだ知識にも興味を持って取り組むと、全体像をしっかり理解でき、必要な知識を必要な時に使いこなせるようになります。
時事問題はすでに理科社会の分野のひとつになっている
時事問題というと、受験勉強も押し迫ってから詰め込むもの、と考えていないでしょうか。ですが、今の中学入試では、時事問題は社会でも、そして理科でもひとつの分野といっても過言ではないほど重視されています。基礎基本がしっかり身についていることが時事問題に答えるためには必要ですが、基礎基本をふまえたうえで、応用力を試すために初見に見えるような時事問題が出題されるケースが増えています。
たとえば、桜蔭中学校では「ひさし」といった今の小学生になじみのないことばについて問う問題を出題したり、お節料理に砂糖を使うのはなぜか、ということを答えさせたりするなど、単に塾のテキストを丸覚え下だけでは答えられない問題が出題されています。また、横浜共立学園中学校では、これもまた難しいことばである「灌漑(かんがい)」について説明させるという問題が出題されたことがあります。普段の生活においてアンテナを張っていないと答えられない、でも興味を持って調べていればこたえられる問題、これは今後も入試のトレンドとして出題されると考えられます。
理科でも、地震をテーマにしてハザードマップについての知識を問うなど、理科と社会が融合したような問題が出題されることも目につきます。時事問題は、理科と社会の垣根を取り払った教科横断的な問題も出題しやすいので、日々起こっているニュースについてアンテナを張っておくことは今後一層求められるでしょう。
社会では、グラフや写真、地形図などといったさまざまな資料を用いた問題がほぼすべての学校で出題されています。統計資料については、農作物の生産高といった定番の問題も出題されますが、新出の統計資料を用いた想像力を問う問題が増えているのも最近の傾向と言えます。たとえば、豊島岡女子中学校では、よく細かい地図や地形図を題材にして様々な問いに答えさせる問題が数多く出されます。情報がたくさん詰まっているので、基礎基本をしっかり押さえていないと説くことができません。また、西大和学園中学校ではキャンプ場、スキー場、動物園、植物園の施設数と都道府県を一致させる問題も出題されました。単なる知識だけ覚えていても正解できない、現場思考型の出題の好例と言えるでしょう。
特に社会では、2019年度も時事問題が全体で約9割の中学校で出題されています。なかには、時事問題だけで大問が作られている問題もあります。最近話題のプラスチックごみの問題や、昨年行われた参議院議員選挙などを題材にして、様々な観点から設問が作られています。また、青山学院中等部では、昨年末に亡くなられた医師で海外で活動していた中村哲さんを選ばせる問題が出題され、中学校側も最新のニュースを問題として出しています。よく秋ごろに入試問題はすでにできていると言われますが、中村さんが亡くなったのは12月でした。そこから問題を差し替えた可能性もあるので、年末までに起こった事件についても知っておく必要があると言えるでしょう。
現在の小学6年生の教科書は、政治・歴史・国際関係という掲載順になっています。このことからも、政治分野、特に主権や憲法、人権に関する事項が重視されるのではないかと考えられます。公民分野は抽象的で受験生が悩むところですが、時事問題を出題する側としてはうってつけのテーマです。ちょっとした疑問もその場で解決する姿勢が大切になってくるので、ご家庭でもぜひ話題にしてください。
まとめ
最近の理科・社会の中学入試問題は、小学生に答えさせるのは難しいのではないか、という問題も平気で出題されます。ただし、見た目が難しいだけで、全体的には基礎基本を大切に学習していれば、その場で知識を引っ張り出して応用できる問題がほとんどです。
なかにはやはり「知らないとできない」問題も出題されますが、やはり必要なのは基礎知識と、原理や原則、現象をしっかり理解しておくことです。これができていないのに問題演習ばかり積んでも、解けるようにならないばかりか、解いても解いてもできないということで、理科や社会離れが進んでしまいます。
配点は算数・国語の方が高いことが多いですが、算数・国語でしっかり土台の点数を取り、理科・社会でどれだけ点数を積み上げられるかが入試の合否を分けます。つまり、4教科総合勝負となっているのが中学入試だということを忘れないように学習を進めましょう。
理科や社会は日常生活の中にも問題を解くヒントがたくさん転がっています。「なぜ?」「どうして?」という気持ちを持てるかどうかは非常に重要な分れ目です。ぜひ、お子さんが「なぜ?」「どうして?」と聞いてきたら、保護者の方も一緒に考えるなどして、知識を確かなものにしてあげるサポートをしてあげてくださいね。
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一橋大学卒。
中学受験では、女子御三家の一角フェリス女学院に合格した実績を持ち、早稲田アカデミーにて長く教育業界に携わる。
得意科目の国語・社会はもちろん、自身の経験を活かした受験生を持つ保護者の心構えについても人気記事を連発。
現在は、高度な分析を必要とする学校別の対策記事を鋭意執筆中。