中学受験・社会 歴史~武家政治はどのように始まったのか?その3

武家政治の始まりについての第3回です。前回までに、武士が力を持つようになった経緯、平氏が天下をほしいままにしたところまでを説明してきました。武家政治が始まった平安時代後期から鎌倉時代にかけては、歴史が大きく変革した過渡期です。受験生にとっては実は混乱しやすいところであり、入試でも正確に理解しているかどうか、狙われやすい時代です。しっかり整理して、時代と時代の間の大きな歴史的変化をつかみましょう。今回は、平氏政権全盛期から後の展開について解説していきます。

治承・寿永の乱

源平合戦と言われることの多い、1180年の以仁王の乱から、1185年までの戦乱を総称した乱のことです。

1180年、安徳天皇(平清盛の孫)が天皇として幼くして即位すると、これを面白くないと感じていた人がいました、後白河法皇の皇子、以仁王です。平氏政権に不満を持っていた源頼政は、皇位継承の見込みのなくなった彼を奉じて、京都で挙兵します。以仁王と源頼政は間もなく討ち死にしますが、以仁王の令旨(命令のこと)は、諸国に伝えられます。それに応えたのが、伊豆に流されていた源頼朝でした。彼は北条時政の援助を受けて挙兵します。

源頼朝は当初、石橋山の戦いで敗れたものの、安房(千葉県)に逃れ、勢力を回復します。ふたたび立ち上がり、源氏ゆかりの鎌倉に入ります。1180年、富士川の戦いで平氏に勝利します。平氏の軍勢が、水鳥の飛び立つ音を源氏の軍勢と間違えて逃げ出したエピソードは有名ですね。これは、中学校に入って古文を勉強するようになると必ず出てくる有名な話です。それだけ、源氏の勢力が増していたということですね。

ここで、さらに源氏に有利に働く出来事が起こります。1181年に、平清盛が病気で急死し、平氏の中に動揺が広がります。そこを逃さず、1183年、源頼朝のいとこの、源義仲が倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦いで勝利して京都に入り、平氏を西国に追い出します。乱暴を繰り返した義仲は、京都から追放されそうになり、院政を復活させていた後白河法皇と対立します。後白河法皇は頼朝に、義仲追討を命じます。1184年、宇治川の戦いで源義経が義仲を破り、ここから源義経の大活躍が始まります。皆さんご存知の名前がたくさん出てきますね。

義経は1184年に一の谷の戦い、1185年に屋島の戦いで勝利し、ついに1185年、壇ノ浦の戦いで平氏を滅亡させました。これらの源平の戦いを含めた一連の戦いを治承・寿永の乱といいます。日本最初の全国的な内乱と言われています。

平氏滅亡後の兄弟対立

平氏が滅亡した後、今度は兄弟である源頼朝と源義経の対立が激しくなります。後白河法皇は義経を味方にして頼朝をけん制しようとしていました。頼朝はそんな義経や謀反人をとらえるという理由で、全国の国ごとに守護、荘園に地頭を設置することを法皇に承諾させます。このことはその後の鎌倉幕府の全国支配の基礎となりますので、しっかり覚えておきましょう。

義経は奥州の藤原秀衡の保護を受けますが、秀衡の死後、その息子泰衡に攻められ、自害します。1189年には、頼朝が奥州を征服するに至りました。

こののち、1192年、源頼朝は征夷大将軍に任命されます。

鎌倉幕府の成立

源頼朝が鎌倉幕府を成立させますが、その時期については、かつては「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」の語呂で覚えたように、1192年とされてきました。しかし、現在は諸説あります。テレビ番組でもよく話題になっていますね。いくつか紹介しますと・・・

  • 1180年 軍事・警察機構である侍所を設置し、南関東全域を支配したとき
  • 1183年 朝廷から東国支配権を承認されたとき
  • 1184年 公文所、問注所など、主要政治機関が設置され、政務・裁判の仕組みが整ったとき
  • 1185年 義経追討のために守護・地頭を設置したとき
  • 1189年 奥州を平定したとき
  • 1192年 征夷大将軍に任命されたとき

これは、何をもって鎌倉幕府が成立したか、という定義の違いなのですが、実質的な武家政権の成立を重視するなら1185年説が有力です。朝廷による正式な武家政権の成立を重視するなら1192年説が有力、ということになります。塾のテキストでは、1185年に武家政権の仕組みが整い、1192年に名実ともに鎌倉幕府が成立した、というように書かれています。いろいろな解釈がありますが、段階的に成立していったということが言えるでしょう。

まとめ

平安時代後期から鎌倉幕府の成立までは、過渡期の時代、はざまの時代と言われます。はっきりした平安時代、鎌倉時代、という区分けがしにくく、理解が不安定な受験生も多いと思います。最初にも書いたように、時代と時代の間に、政治的な大変革が起こる時期というものがあります。そういった部分も含めて、流れを整理しておきましょう。

武士の始まりは、院政荘園がキーワードです。その後は、戦乱の一つ一つが武士を歴史の表舞台に導いていき、ついに武家政権が成立した、そのように理解し、起こった出来事や、登場した人物、出来事と出来事の間のつながりをしっかり理解するようにしましょう。

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