中学受験・社会 歴史~武家政治はどのように始まったのか?その2

以前の記事で、平安時代後期は、政治の主導権が貴族から武士に移っていく重要な時代であったということについて、そのきっかけになった事件を挙げ、武家政治の始まりの導入部分について解説しました。

平安時代の次は鎌倉時代ですが、歴史では時代が移るその間に、大きな政治にまつわる変革のタイミングがいくつかあります。武家政治の始まりもまさにそのような大きな変革の波です。今回は、武士が力を持ち始め、さらに勢力を伸ばしていく背景について説明していきましょう。ポイントは「院政」「荘園の発達」です。

院政のシステム

最近、テレビでも報道されていますが、天皇が位を譲るとなんと呼ばれるかご存知ですか?「上皇」と呼ばれるようになります。そして、上皇が出家すると「法皇」と呼ばれるようになりました。上皇や法皇が政治の実権を握り、院庁で行った政治を「院政」と言います。これは大変重要なキーワードです。

1086年、白河天皇が自分の子である堀河天皇に譲位しました。白河天皇は白河上皇となりましたが、上皇になってからも政治の実権を握り続けました。天皇は律令に拘束されていましたが、上皇は律令を超越して自由に権限をふるうことができたのです。上皇と私的に結びついた貴族や武士たち、いわゆるお気に入りの臣下のことを「院の近臣」と言いますが、彼らが政治の実権を握るようになりました。また、院には身辺警護を行う「北面の武士」と呼ばれる軍事力が備わっていました。彼らは、院政を支える基盤の一つとして重要な役割を持つようになったのです。

院政の始まりにより、院、天皇、貴族、寺社、武士という、それぞれの権力が台頭し、権力の分立が目立ってきます。彼らは数多くの荘園を所有することによってさらに権力を強めていきます。

荘園が発達した時代

新しく開墾した農地は私有地とされました。その農地や農村地域のことを「荘園」と言います。これも歴史上非常に重要なキーワードです。新たに土地を開発してその土地の所有者となった者を「開発領主」と呼びました。この荘園は、持っていれば持っているほど財産がある、つまり経済力があるということになります。

開発領主は、貴族や寺院に荘園を寄進するようになります。なぜかというと、寄進することによって荘園の権利を保護してもらえるからです。また、貴族の荘園ということにすると、税が免除されるという「不輸の権」がありました。さらに、当時の国司は人の土地を奪ったり、勝手に重税をかけたりしていたのですが、そのような国司の立ち入りを拒否できる「不入の権」も得ることができたのです。この2つの権利は違いも含めてしっかり覚えておきましょう。これらの特権を背景に、院には荘園が集中するようになりました。

荘園が発達し、権力の分立が顕著になる中で実力をつけ、抜きんでていくのが武士でした。そのきっかけは、「保元・平治の乱」です。

保元・平治の乱

1156年、後白河天皇と崇徳上皇の権力争いが起きます。後白河天皇には藤原忠通がついたのに対し、崇徳上皇には藤原頼長がつき、対立が激化します。この対立の中で彼らは武士の力を利用することになるのです。どちらも源氏と平氏の武士を集め、京都を舞台に戦ったのです。結局、後白河天皇が勝利するのですが、この乱は、武士の世の中がきた、ということを印象付けるものとなりました。この乱のことを、「保元の乱」といいます。

3年後の1159年、後白河天皇は上皇となっていましたが、その院の近臣たちの間で内部抗争が起きます。藤原通憲と藤原信頼の対立が激しくなってきたのです。そこに武士の間で起こっていた争い、源義朝と平清盛の勢力争いが絡み、戦乱となってしまいます。これを「平治の乱」といいます。この戦いでは平清盛が勝利し、源義朝は殺されてしまいます。その子である源頼朝は伊豆に流され、源氏は衰えます。保元の乱に続き、武士がさらに力をつけていくきっかけとなった保元の乱・平治の乱については、出来事、年号、関連した人物を含め、しっかり整理して覚えておきましょう。

平氏の世の中のはじまり

1167年、平治の乱の功績によって、後白河上皇の信頼を得た平清盛は太政大臣になります。平氏一族も高位高官を独占し、まさに「平家にあらずんば人にあらず」と言われた平氏の世の中になります。太政大臣という高い地位に加え、日宋貿易による高い経済力と天皇の外戚関係(天皇に自分の娘を嫁がせ、生まれた皇子を次の天皇として擁立し、権力を握ること)を持った平清盛はやがて全盛期を迎えます。

これほどの権威を持つと、やはり対立する抵抗勢力が現れます。後白河法皇は危機感をもち、「鹿ケ谷の陰謀」と呼ばれる、平氏打倒の計画を練りますが、外部に漏れてしまい、1179年には幽閉されてしまいます。院政は停止し、平清盛は独裁体制を強化させます。平清盛は自分の孫の安徳天皇を即位させます。これにより、日本で最初の武士の政権が誕生したことになるのです。

次の機会に、源氏が平氏を倒し、鎌倉幕府が樹立され、武家政治が本格的に始まるところについて解説していきたいと思います。

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