今回は、古代インド文明を解説します。インドは世界で最も古くから文明を築いてきた地として知られ、社会形成や宗教、美術といった様々な面で独自の発展を遂げてきました。また、ヨーロッパとアジア諸国の中間に位置するという地理的特徴を持ち、東西の国々との相互的な影響が見られることも古代インド世界の形成において重要な点です。
古代インドは厳しい階級社会であり、人々は明確な身分の上下関係に組み込まれていました。さらに彼らは職業や血統による排他的な集団意識の元にありましたが、こうしたインドの伝統的な社会の在り方は現在まで脈々と受け継がれています。このようなインド世界の諸制度は、古代インドで生まれ、発展した宗教観によるところが大きいとも考えられ、古代インド文明を学ぶにあたってインドの宗教や哲学といった人々の考え方を正確に整理しておくことが学習の鍵となるでしょう。
古代インド文明とは?
古代インド文明とは?
インドは海や山に四方を囲まれ、各地からの異民族の移住を繰り返す中で古くから大文明を形成していた。地理的にはデカン高原を中心とする広大な地域の中で、北方にはヒマラヤ山脈が聳え、北西部は一帯がタール砂漠で覆われている。東西それぞれベンガル湾、アラビア海といった海に挟まれた場所に位置し、古代インドはインド洋を利用した交易によって大いに栄えた。文明が発展する条件としてしばしば大河の有無が挙げられるが、インドも例外ではない。インドは北西部を流れるインダス川、北東部を流れるガンジス川といった二本の世界有数の大河を誇り、インド世界最古の文明とされるインダス文明はインダス川流域で興った。
モンスーン気候帯に属するインドでは古代より農業や牧畜が営まれており、非常に多くの人が暮らしていたが、北部ではインド=アーリヤ系、南部ではドラヴィダ系の語族が多数を占めたとされている。
〔インダス文明〕
(世界の歴史まっぷより)
統一王朝以前
インダス文明(前27世紀頃~)
インド世界で最も古い文明はインダス川流域の非常に広い範囲で興った。インダス文明は青銅器時代の都市文明であり、インダス川流域にはモエンジョ=ダーロやハラッパ―といった小さな都市遺跡が残っている。これらの都市には公共施設や穀物蔵、住宅が整然と並んでおり、商業的性格をもった優れた計画都市であったことがわかる。また、こうした都市では強大な王権による支配はなく、極めてすっきりとした街区の様相を帯びている。
遺跡からはインダス文字が記された印章や彩文土器が発掘された。印章に刻まれていた宗教的な図柄から、後のインド文明の源流としてのインダス文明を見て取ることができる。
〔モエンジョ=ダーロ〕
ヴェーダ時代(前15~前6世紀頃)
前1500年頃、インド=ヨーロッパ語族のアーリヤ人が中央アジアからカイバル峠を越えてインド西北部のパンジャーブ地方へ移住してきた。彼らは部族社会を形成し、農牧生活を営んだが、この頃から前6世紀頃に部族制が崩壊するまでの時期をヴェーダ時代と呼ぶ。ヴェーダとは「知識」という意味であり、アーリヤ人によって信仰されたバラモン教の聖典を指し、ヴェーダ聖典に基づいた文化が形成されたことからこの時期はヴェーダ時代と呼ばれている。
ヴェーダ時代は前1500年頃から前1000年頃にかけての前期ヴェーダ時代とそれ以降の後期ヴェーダ時代に分けられるが、前期ヴェーダ時代に編纂された『リグ=ヴェーダ』はインド最古の文献として知られている。さらに、後期ヴェーダ時代には『サーマ=ヴェーダ』、『ヤジュル=ヴェーダ』、『アタルヴァ=ヴェーダ』の3つのヴェーダが編纂され、『リグ=ヴェーダ』と並んでバラモン教の聖典となった。
<ヴェーダ時代の社会>
前期ヴェーダ時代には人々はまだ階級や貧富の差のない社会を保っていたが、前1000年頃から階層社会へと変貌した。こうした社会の変化は、ガンジス川流域への移動、鉄製の道具の使用、稲作への移行などによる社会の安定化がもたらした結果であった。
<ヴェーダ時代の身分制>
インドの身分制度は、ヴァルナ制とジャーティーという二つの要素が結び付いて形成された。
- ヴァルナ制:
バラモン(司祭)、クシャトリヤ(武士)、ヴァイシャ(農民・遊牧民・商人)、シュードラ(隷属民)の4つの身分に分ける考え方。これにより身分の上下関係が定められたが、元はアーリヤ人による先住民支配に端を発するものであったとされている。実際には、この4つの身分の下にアシュートという不可触民がおり、彼らは差別の対象とされた。 - ジャーティー(カースト集団):
ヴァルナ制の下で発展したもの。ジャーティーとはインドで「生まれ」を指す言葉を指す。共通の職業を単位とする集団であり、他の集団との結婚や食事を制限する排他的集団であった。
〔カースト制〕
(世界の歴史まっぷ)
ヴェーダ時代が終わると、古代インド世界の中心はガンジス川中・下流域へと移り、各地に16大国と呼ばれる小さな国家が形成された。その中でも有力であったのが、マガダ国やコーサラ国である。コーサラ国を破ったマガダ国は前357年頃に成立したナンダ朝の下で発展し、前4世紀中ごろにガンジス川流域を統一した。
新たな宗教の誕生
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バラモン教批判
ヴェーダ時代が終わりを告げ、小都市国家が分裂状態であったインド世界に生まれたのが、仏教とジャイナ教であった。これらの宗教の誕生は、都市におけるクシャトリヤやヴァイシャの勢力が伸びたことが背景に挙げられ、バラモンやヴェーダ聖典の権威の否定、ヴェーダ祭式やヴァルナ制の批判といった旧来の宗教、身分制に反対する姿勢が両者に共通している点である。
- 仏教
- 成立:前6~前5世紀頃
- 始祖:ガウタマ=シッダールタ(尊称:仏陀、ブッダ)
- 特徴:
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- 人生を苦とし、輪廻転生からの解脱を説いた
- バラモンの権威の否定
- クシャトリヤ階級からの支持を得る
- ブッダの死後、その弟子たちによって仏教結集がなされたが、後に仏教はいくつもの部派に分かれることとなった(部派仏教)
- ジャイナ教
- 成立:前6~5世紀頃
- 始祖:ヴァルダマーナ
- 特徴:
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- ヴェーダ聖典の権威を否定
- 不殺生の厳守と肉体的苦行による霊魂の浄化を説いた
ジャイナ教は現在でも400万人以上の信者を持つ一方で、仏教は13世紀のイスラーム勢力の侵入とともにインドでは完全に消滅した。インド人の仏教信仰はのちにヒンドゥー教に吸収されていったとされている。
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バラモン教の革新
旧来、バラモン教は祭式を重んじる傾向にあったが、前7世紀頃からこの形式主義的な姿勢を見直す運動が生じた。そうした中で生まれたのがウパニシャッド哲学であり、これはインド哲学の源泉であると考えられている。ウパニシャッド哲学においては、大宇宙の本質である梵(ブラフマン)と人間存在の本質である我(アートマン)が同一のものであること(梵我一如)であり、それを悟ることで、業による輪廻から解脱できるという考え方が最も重要である。
→続きはこちら 統一王朝時代のインドとその文化
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参考資料
- 木下康彦・木村靖二・吉田寅編『詳説世界史研究 改訂版』、山川出版社、2018年
- 浜島書店編集部編『ニューステージ世界史詳覧』、浜島書店、2011年
- 世界の歴史まっぷ
- 最終閲覧日2020/3/3
こんにちは。
私は現役大学生ライターとして中高生向けの学習関係の記事を書いています。大学では美術史を専攻し、主に20世紀前半の絵画を研究の対象としており、休みの日は美術展に行くことが好きです。趣味は古い洋楽を聴くことです。中学高校時代は中高一貫の女子校に通い、部活と勉強尽くしの6年間を送りました。中学入学当初は学年でも真ん中より少し上程度の学力でしたが、中学2年生の夏から勉強に真剣に向き合うようになり、そこから自分の勉強法を見直し、試行錯誤を重ねる中で勉強が好きになりました。そうした経験も踏まえ、効率的な勉強の仕方やモチベーションの保ち方などをみなさんにお伝えできると思います。また、記事ではテストに出る内容だけでなく知識として知っていると面白い内容もコラムとして載せています。みなさんが楽しく学習する手助けとなれれば幸いです。