日本人なら知っておきたい文学作品!平安時代に成立した日本最大の説話集『今昔物語』

今昔物語』は、平安時代後期に成立した現存する日本最大級の説話集です。全31巻からなり、およそ1000もの説話が収載されています。そもそも「説話」とは「広く人々によって伝えられた話」を指し、神話伝承など民間説話をはじめ仏教にまつわる仏教説話など様々な説話があります。

『今昔物語』の各話は今は昔」という書き出しで始まり、「となむ語りたまへたるとや」で終わります。その内容は仏教説話が中心となっており、巻1〜5が天竺[i](インド)の仏教説話、巻6〜10までが震旦[ii](中国)の仏教説話、巻11〜20は本朝(日本)の仏教説話が描かれています。巻21以降は本朝の世俗説話が描かれており、他の説話と違って、僧侶や学者だけでなく一般民衆や武士などが生き生きと描かれています。

成立は保安元年(1120年)以降ではないかと考えられています。また、『今昔物語』はかつて宇治大納言物語[iii]の別称と考えられていたため、編者も宇治大納言源隆国[iv]だと言われていました。その説が後に否定されてから現在に至るまで編者は未詳ですが、漢文脈の文体で書かれていることなどから男手によるものだと考えられており、特に南都[v]の僧たちではないかといわれています。

巻21以降に描かれる本朝の世俗説話には出典の定かでないものが多いですが、中には『日本霊異記[vi]』、『将門記[vii]』などを出典とする説話もあります。一方、仏教説話には多くが典拠を持つ説話となっています。天竺・震旦説話については、『三宝感応要略録』、『弘算法華伝』、『冥報記』、『法華伝記』、『法苑珠林[viii]』、『経律異相[ix]』、『諸経要集[x]』、『過去現在因果経[xi]』、『撰集百縁経』、『大涅槃経[xii]』、『雑宝蔵経』、『大唐西域記[xiii]』、『孝子伝』等の中国の説話集、経典、記伝・史書類が出典となっています。

本朝仏教説話については、『日本霊異記』、『日本往生極楽記[xiv]』、『本朝法華験記[xv]』、『地蔵菩薩霊験記[xvi]』、『三宝絵詞[xvii]』等が出典となっています。

こうした、様々な説話を集めた『今昔物語』は中世以降の説話集に大きな影響を与えました。特に宇治拾遺物語』ではおよそ80もの説話が『今昔物語』と重なっています。また、近代文学にも影響を与え、『今昔物語』の説話を元に小説が書かれました。その一つが芥川龍之介[xviii]の『鼻』です。この小説のもとになった説話は巻28の「池尾禅珍内供鼻語」です。


〔芥川龍之介〕

芥川龍之介の作品には他にも『羅生門』、『芋粥』という『今昔物語』をもとに描かれた小説があります。他の作家の作品では谷崎潤一郎[xix]の『少将滋幹の母』堀辰雄[xx]の『曠野(あらの)』などがあげられます。

最後に『今昔物語』について簡単な問題を出したいと思います。
(わからなかった問題はしっかりと復習しておこう!)

  1. 『今昔物語』は本朝(日本)以外にどこの国の説話を集めていますか。
  2. かつて『今昔物語』の作者とされていたのは誰ですか。
  3. 世俗説話に描かれているのはどのような人々ですか。
  4. 『今昔物語』の影響を受けた説話集を答えなさい。
  5. 『今昔物語』の説話をもとに作られた小説を作者、小説名で答えなさい。

→次回は #### について解説します!

 

(註)
  • [i] 中国古代のインド地方の呼び名。同系統の古称としては天篤(てんとく)、天督(てんとく)、天豆(てんとう)、天定(てんてい)などがあり、語源は、身毒(しんどく)、印度(いんど)などと同じく、サンスクリットのシンドゥーSindhu(インダス川地方)であるとされる。文献では『後漢書(ごかんじょ)』「西域伝」に「天竺国、一名身毒。月氏(げっし)の東南数千里にあり」とあるのが最初であり、魏晋(ぎしん)南北朝期に一般化し、日本にも広まった。小学館『日本大百科全書』
  • [ii] 中国の古称。インド人が中国をサンスクリット語でチナスターナ(秦国の土地の意)と呼び,それを震旦・振旦・至那・斯那・脂難などと漢訳。シナの語源とする説もある。『旺文社日本史事典』
  • [iii] 散逸説話集。源隆国作と伝えられる。平安後期成立。多くの書にその書名が引用され、「今昔物語集」「宇治拾遺物語」をはじめ、後代への影響が非常に大きい。また、「今昔物語集」「宇治拾遺物語」「世継物語」などの別称としても呼ばれ、相互の混同を引き起こした。三省堂『大辞林 第三版』
  • [iv] (1004~1077) 平安後期の廷臣・文学者。幼名、宗国。高明の孫。権大納言にいたり、宇治に別荘があったことから宇治大納言と称された。「宇治拾遺物語」の序によれば、人々から諸国の話を聞き、「宇治大納言物語」(散逸)を著したという。「今昔物語集」の編者ともいわれるが不詳。三省堂『大辞林 第三版』
  • [v] 比叡山延暦寺を北嶺というのに対し、奈良の興福寺のこと。三省堂『大辞林 第三版』
  • [vi] 説話集。三巻。景戒編。822年頃成立。因果応報の仏教思想に基づいて、雄略天皇から嵯峨天皇の頃までの説話を漢文で著す。各段末に付する訓釈は、平安時代の国語資料として重要。正称、日本国現報善悪霊異記。霊異記。にほんれいいき。三省堂『大辞林 第三版』
  • [vii] 平安中期の軍記物語。1巻。作者未詳。天慶3年(940)平将門(たいらのまさかど)の乱後まもなく成立。乱の経緯を、変体漢文で記述。のちの軍記物の先駆とされる。まさかどき。三省堂『大辞林 第三版』
  • [viii] 中国,唐初に編纂された仏教資料集。100巻。長安西明寺の道世の著作。仏教に関する重要事項を伝統的な類書の分類法に従って100篇に分かち,《大蔵経》や《修文殿御覧》ならびに小説類等から事例を集めたもので,巻末に書目が付いている。約10年を費して668年(総章1)に完成した。同僚の道宣の著作《続高僧伝》(645撰),《広弘明集》(664撰)等と密接な関連があり,道宣の著作の索引的役割を持つ。なお魯迅は本書と《太平広記》をおもなよりどころとして《古小説鈎沈》を編纂した。平凡社『世界大百科事典』
  • [ix] 仏書。五〇巻。中国の宝唱が梁の天監一五年(五一六)に撰。経と律とに散説されている諸事項を一四に分類して抜粋した一種の百科事典。また、説話文学の宝庫。『精選版 日本国語大辞典』
  • [x] 中国,唐の律宗 (南山宗) の僧,道世 (?~683) の著。 20巻。仏教の典籍のなかから,特に善悪の行為とそれに対する報いについて抜き出して,30部に分類し整理した書物。仏教文献を検索するのに便利な書物である。同著者による,同範疇に属する書物に『法苑珠林』 (100巻) がある。『ブリタニカ国際大百科事典 』
  • [xi] 仏伝の代表的経典。445~453年頃、求那跋陀羅ぐなばつだらが漢訳。四巻。釈迦の前世とその生涯の大部分を説く。因果経。過現因果経。三省堂『大辞林 第三版』
  • [xii] パーリ語で書かれた上座部経典長部に属する第 16経のこと。漢訳では,長阿含第2経『遊行経』および『仏般泥 洹経』 (2巻) ,『般泥 洹経』 (2巻) ,『大般涅槃経』 (3巻) がこれに相当する。釈尊の晩年から入滅,さらに入滅後の舎利の分配などが詳しく書かれている。またこれに基づいて大乗仏教の思想を述べた『大般涅槃経』という膨大な経典がある。北涼の曇無讖の訳した 40巻本と宋の慧厳らの加筆した 36巻本とがある。大乗のこの経典は,仏の法身は常住であり,一切衆生にことごとく仏性があり,悪人でも救われることを説いている。『ブリタニカ国際大百科事典 』
  • [xiii] 中国、唐代の僧玄奘げんじようの中央アジア・インド旅行記。一二巻。弟子の弁機の編により646年成立。仏教の経典を求めて629年から45年にインドへ旅した際の見聞録。諸国の仏教事情や仏跡のほか、気候・風俗・歴史・地理・物産・伝説などを詳細に記す。西域記。だいとうせいいきき。三省堂『大辞林 第三版』
  • [xiv] 一巻。寛和年間(985~987)、慶滋保胤よししげのやすたね著。聖徳太子以下四十人余の往生を記したもの。日本最初の往生伝。三省堂『大辞林 第三版』
  • [xv] 《大日本法華経験記》《法華験記》などともいう。〈験記〉とは霊験記の意。天台僧鎮源撰,長久年間(1040‐44)成立。中国宋の義寂撰《法華験記》を範として撰述。全3巻。菩薩,比丘(びく),在家沙弥(しやみ),比丘尼(びくに),優婆塞(うばそく),優婆夷(うばい),異類(蛇,鼠,猿その他)の7種に分けられ,129の伝から成る。《叡山大師伝》《三宝絵詞(さんぼうえことば)》《日本往生極楽記》などを素材とするとともに,伝承や鎮源自身の見聞も素材とした。平凡社『世界大百科事典』
  • [xvi] 平安時代の仏教説話集。三井寺の僧実睿(じつえい)(1033年彼が地蔵像を修理した話が本書にみえる)撰と称する2巻本と,さらに,それに実睿撰と称する巻三,良観(16~17世紀の人であるが伝不明)撰と称する巻四~十四を加えた14巻本とが存在する。内容は,地蔵を安置する寺院の縁起,地蔵信仰によって得た利益(りやく)など,基本的には阿弥陀や観音の霊験譚と異なるものではないが,地獄から蘇生した話が多く見られるのが地蔵の霊験譚の特徴である。平凡社『世界大百科事典』
  • [xvii] 説話集。三巻。源為憲編。984年成立。冷泉天皇第二皇女尊子内親王のために撰進。説話を物語的に構成し、仏教を平易に解説する。絵は散逸。三宝絵。三省堂『大辞林 第三版』
  • [xviii] 小説家。東京生まれ。別号澄江堂主人、我鬼。第三次、第四次の「新思潮」同人。「鼻」が夏目漱石に認められ、文壇出世作となる。歴史に材を取った理知的・技巧的作品で、抜群の才能を開花させた。致死量の睡眠薬を飲み自殺。著作「羅生門」「地獄変」「歯車」「或阿呆の一生」「西方の人」など。明治二五~昭和二年(一八九二‐一九二七)『精選版 日本国語大辞典』
  • [xix] (1886~1965) 小説家。東京生まれ。東大中退。第二次「新思潮」同人。美や性に溺れる官能世界を描く唯美的な作家として文壇に登場。関西移住後、古典的日本的美意識を深め数々の名作を生んだ。代表作「刺青」「痴人の愛」「蓼喰ふ虫」「春琴抄」「細雪」「鍵」、現代語訳「源氏物語」など。三省堂『大辞林 第三版』
  • [xx] (1904~1953) 小説家。東京、麴町生まれ。東大卒。「驢馬ろば」同人。芥川竜之介に師事。西欧心理主義文学に親しみ、知的抒情と死を凝視した繊細な心理分析にすぐれた。代表作「聖家族」「美しい村」「風立ちぬ」「菜穂子」三省堂『大辞林 第三版』
  • アイキャッチは 角川書店著・編『今昔物語集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』、2011年。

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参考文献