ここでは熱力学を学ぶにあたって,まず熱力学とはどのような分野なのかを述べる.やや抽象的な話なので,最初はさらっと読むのでもよい.
ミクロとマクロ
熱力学1というからには「熱」のことを学ぶのだろう.では,「熱」とは一体どのようなものだろうか.熱い,冷たいといった感覚は日常的に感じているし,「君の手の温もりが伝わるよ」と言った場合,それは経験的に「相手の手の熱が,自分の手に移動している」ことを知っているからだろう.
ところが「熱とは何か」と言われたときに,しっかり答えられる人はあまり多くはないだろう.よく勉強している人は,「熱とは分子の振動の激しさで,熱が伝わるとはその振動が伝わることです」と答えるかもしれない.
実際に高校では気体分子運動論2というものも習う.これは気体が分子であるというミクロな観点から,温度や圧力などを議論するものである.しかし,熱力学の基本的な考え方では,そういったミクロな視点に立ち入ることなく,マクロな視点だけで完結した理論を作ることができる.
つまり,気体が何でできているかということを知らなくても議論できる3.これは例えば,気体が水素でできていても,ヘリウムでできていても,基本的には同じ理論で扱えるということである.このように広く適用できる理論を物理をやる人は「普遍的」であると言うこともある.ここではマクロな視点のみによる理論を基礎とする4.
熱力学の基本的な考え方
さて,「熱」をどのように物理で扱うのかに焦点を当てていこう.もう少し言うと,熱力学的な性質(温度など) をどのように扱うのか.物理で何かの量(速度だとか圧力だとか)を扱うには,その言葉の意味を定義する必要がある.そしてその定義は原則的には数式で書けるような定義になっていなければならない5が,熱はどのように定義されるのだろうか.実は熱力学を構築する上で,熱をあからさまに定義する必要はない(!?).
では「熱」をどのように扱うかというと,「熱」というよくわからないものを,力学的な6操作による仕事によって明らかにするのである7.もっと言ってしまえば,熱力学の主役は熱ではなくて,熱というものを知るために行う「力学的な操作」なのである.だから,熱力学を勉強する時に意識してほしいことは,熱がどのように振る舞っているかをイメージすることではなくて,行われている操作や,その意味を理解することである.
これまでの話をまとめると、熱力学とは「力学的な操作による仕事を通して,熱にまつわるマクロな性質を探る学問」である.
想定される系と力学的な操作
問題として与えられる「設定」のことを「系」というので,以下では「系」という言葉を使っていく.これから熱力学を理解するのにあたって,想定される系は以下の図1である.この装置が一番基本的な熱力学系である8.これはある容器に気体を入れ,動かすことのできるピストンで容器の入り口をふさいでいる.
図1: 熱力学系
図1の装置に対して我々ができることは,「容器の長さや,底面積を計測する」(=気体の体積を計測する)ことや,「ピストンの手応えを計測する」(=気体の圧力を計測すること)である.これらが「力学的な操作」である.このような操作を通して,気体の熱力学的な性質を探るのである.つまり気体の熱力学的性質が異なれば,ピストンの手応えも異なるはずなので,それを計測して熱力学的な性質を明らかにしていくのである.具体的な計算などについては別の記事で述べる.
圧力の定義
力学でも習っていると思うが,念のためここでこれらから登場する圧力の定義を確認しておこう.圧力\(P\)は,単位面積あたりに働く力のことであり,ある力\(F\)がある面積\(S\)の面に働いている場合,圧力\(P\)は,
\(F = \frac{F}{S}\) (1)である.注意してほしいことは,圧力は「力」ではないということである.力を面積で割ったものである.だから「ある圧力による力」を求めたいときは,その圧力に面積をかける必要がある.
1ここでは主に気体の熱力学を想定した話をする.高校物理では主に気体を扱う.
2後半の記事で詳細を述べる.
3マクロな現象をミクロな理論から説明しようとする分野も当然存在する.また,超伝導現象(特定の物体がある温度より低くなると電気抵抗が0 になるような現象) のようにミクロな理論がないと説明できないものも存在する.
4気体分子運動論などは,「特別な扱い」と考える.
5熱力学に限らず言葉の定義はしっかり認識しよう.
6ここで言う「力学的な」という意味は,「熱力学的な」との対比である.
7この考え方は田崎晴明の「熱力学」(培風館) を参考にしたものである.興味のある人は大学に入ってから読んでみることをおすすめする.
8多くの入試問題ではこれに手を加えた問題が出る.
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参考
こんにちは。慶應義塾大学大学院物理学科の花井遼介です。
中学から大学生の前半くらいまではバドミントンをずっとやっていましたが、途中から勉強や研究が忙しくなり、最近ほとんどやっていません。なかなか運動をする機会が減って残念ですが、時々自転車の乗って知らない場所に行ったり、散歩をしたりしています。(特に研究に行き詰ったとき……)昔から理科が好きで、高校生の時に聞いた、とある物理学者の講演に感動して以来、大学では物理を専門に学びたいと思っていました。現在は原子核理論の研究室に所属しています。その中でも僕は中性子星という超高密度な天体を、原子核理論の立場から研究しています。物理が好きでそれを専ら学んでいることもあって、高校生向けに高校物理や大学に入ってからの物理、物理学科についてなどの記事を提供していこうと思います。高校物理の記事でも、僕が大学に入って得た知識や理解をもとに、受験に役立つのみならず、学問としての面白さが含まれるような記事を書くつもりです。(受験向けの部分とそうでない部分は分かるように書くつもりですので、興味や必要に応じて読んでもらえればと思いま。)
僕の書く記事は、あくまで読者の皆さんの「補助的なもの」です。最終的には自分で勉強する、ということが大事になります。なので記事をきっかけに、皆さんが自分で物理を勉強できる状態になれれば、僕の目標は達成されたことになります。
僕の記事からさらに自分でもさらに深く勉強してほしいと思います。
皆さんと共に物理の面白さに触れ、理解を深められることを願っています。