受験勉強の前に知っておいたほうがいい事実(現役生・浪人生・保護者に向けて)

こんにちは!わいあーるです。

今回の記事では、僕が現浪合わせて2年間やった大学受験について、受験に関わる人を種族別に3タイプに分けて、具体的に勉強を始める前に知っておいたほうがいいと思うことを書いていきます。

心構えに似てはいますが、もっと漠然としている抽象的な事柄ばかりです。

読んでいてもいまいちピンと来ないかもしれませんが、受験勉強を経験する(人を近くで見守る)と、うんうんとうなずくように読めると思います。

全員に向けて

言われてみれば当然のことですが、大学受験はかなり厳しいものです。

特に東京大学は、受験者の実力差と入試での得点差の誤差がかなり小さい、すなわち、極めて高い精度で受験者の実力が測られます。無情なことに、1点、いや、0.01点でも足りなければ入学許可を得ることはできません。

これから受験をむかえる方々には漠然としていて分からないと思います。一度不合格をもらわないと突きつけられない厳然たる事実です。

しかも、特に僕の第一志望校であった東京大学は、国語数学(理科or社会)英語の4教科5科目の総合点で合否が決まります(違うかもしれませんけどね)。

自分の総合点を最大化するためにどの科目に時間を割いたらいいのか、つまり、自分の実力を正しく自己評価する能力がとても重要になってきます。

その総合点が、合格最低点+0以上の点になればいいのですから。

先ほど書いた「大学受験はかなり厳しい」というのは、結果だけでなく、受験者・それに携わる人の精神面にも当てはまります。

正直言って、きちんとやろうと思えば受験勉強はとっても苦しいです。

楽しんで勉強してポンと受かっちゃう人もいます。うらやましい限りです。しかしそんなのひと握りの人だけです。

たいていの人は、自分の実力が志望校に相応しいものなのか不安になりながら勉強し、ときに伸びない成績や優秀な周りの人との差にいらだちを感じたり、なにもかもやめてしまいたくなったりなどするでしょう。

しかしそこで自分にかかる重圧に耐えて、それでも歩き続けるのも自分の実力の1つです。

やろうと思えば受験勉強なんかすぐ捨てられます。やめるのは一瞬です。そこでなんとか持ちこたえて、ゴールまで歩き続けるのが大切です。

「受験が終わっちゃえば解放された楽しい生活が待ってるんだから、そこまでがんばりな」

という綺麗事を言うつもりはありません。

それは、いま受験勉強をしていない、いわゆる部外者が言う言葉だからです。

ひとたび受験が終われば、解放された楽しい生活が待っているのは事実です。

しかしたいていの受験生は、そんな未来のことなんか考えている余地はなく、いま目の前に積まれた重荷を背負うことに精一杯です。終わったあとにある希望に受験勉強のやりがいを見出してなんかいられません。

まとめると、耐えるしか道はないのです。

その耐える経験が、いつかどこかで自分を強くしてくれるかもしれません。重圧の逃げ場はない。自分で背負って歩んで、ゴールでしか降ろせないのだと知ることだけでも、アドバンテージになるかもしれないと思って書きました。

受験を控えるお子様をお持ちの親御さんも、このことを踏まえてサポートができるといいと思います。

現役生

僕は地方の県立高校に通っていたので、大都市の超名門高校に通っていた人とは(受験においては悪い意味で)別次元で暮らしていました。

したがって「そもそも俺は高1から受験勉強してんだよアホ!」という声には頭を下げざるを得ないのですが、まあ読んでください(適当) 。

現役生は(数学は除き)、とにかく量をこなせば自然と点数がついてきます。理科社会なんか特にそうです。

そういう意味も、これから話す別の意味も含めて、受験勉強は早く始めた方がいいです。

余談ですが、学校行事とか部活とか友達付き合いとか恋愛とかを捨ててまで熱中するほど受験勉強に価値はありません。

そういうのを諦めて受験勉強に熱中するのなら、受験勉強を捨てて、そういうのに最後まで本気で取り組んだ方が人間的には良いと思います。人生の成功は肩書きよりも、その肩書きを持つ人がどういう人なのかによると思うからです。

受験勉強ばかりやっていたら、論理と理性に大きく支配される人間味の少ない人になりますよ。

最悪、現役で失敗してもまだあと1年あります。こういうと浪人肯定派にきこえますが、浪人は絶対にしない方がいいです。キツいので。

僕は浪人生活の1年で大きく成長できたと実感していますが、僕が余分に1年使ってした成長を現役のうちにしてしまえばいい話です。浪人する必要なんてまったくありません。浪人は、現役のときに上手く飛躍できなかった人が使う禁断の手段です。

話がそれましたが、受験勉強を早く始めた方がいい別の理由は、常日頃から言っておりますが、受験勉強をしないと、自分に合う受験勉強がどういう方法なのか見つけられないからです。

そしてそれは、他人のやっていることを丸々パクって自分のものにして、そこで得た経験を自分なりに工夫するという方法でないと自分に合うものって見つからない気がします。

数学だって、教科書の問題、チャートやFGを踏み台にしないことには始まりません。

重ねて言いますが、大事なのは、自分に合った勉強法を早く自分で見つけることです。

浪人生

もう浪人生は自分なりの勉強法を見つけていることでしょう。そうでないとマズいです。しかしそれで一度受験に失敗しているわけですから、同じ方法でもう一年過ごせば、同じ轍を踏むことになります。

ですからどこか変えましょう。なにが言いたいかって、予備校に行きましょう。

ここでハッキリ言わせてもらいますが、宅浪は相当厳しい戦いを強いられることになると思っていてください。宅浪で受験に成功した人は僕の周りでは0です。

もしこの記事をご覧になっている方で、宅浪で受験に成功したという人がいればご一報ください。一度お会いしてぜひお話をきかせてください。

そのレベルで宅浪での受験成功というのはとんでもないことであり、裏を返せば厳しいことです。

なぜ宅浪したこともない僕がこんなことを言っているかというと、僕は予備校(駿台)に通ってさえいても非常に苦しい浪人生活を送ったからです。況ヤ宅浪ヲヤ。といういつものアレです。

さて、予備校に行くと決めたなら予備校選びは非常に大切です。これは後ほど別の記事にして詳しく書きますのでぜひそちらもご覧ください。(駿台と河合塾の比較記事はこちらから)

浪人生活の心構えは⓪に書いてしまいました。耐えるしかないのです。勉強がつらくて、快晴の空の下たのしそうに遊んでいる街ゆく人たちがうらやましく思っても、我慢するしかありません。

話は変わりますが、浪人しても成績が伸びるのは少ししかいない、という有名な都市伝説がありますが、それは都市伝説です。つまり現実ではない、ウソです。

正確に言えば、浪人したのに成績伸びなかった人が自己正当化のために勝手に作った妄言だと思っています。きちんと伸びる人は伸びます。

現に僕は浪人しましたが、(最低点が15点上がったので)昨年より20点近く点数を伸ばして東京大学に合格しています。勝ちに偶然の勝ちありとは言いますけど。

受験勉強はきちんとやれば報われる確率が高い。年功序列などの独特の(もちろん悪い意味です)体質が染み付いてしまっている日本社会で見れば、極めてフェアな戦いです。

フェアに戦えるところでがんばらないでどうする、と浪人時代に通っていた予備校の英語の先生が熱弁してくださったのを覚えています。

保護者のみなさまへ

お子様の大学受験にあたりまして保護者のみなさまも気を揉まれることが多いと存じております(堅苦しすぎるので以下テキトーに書きますが、失礼をお許しください)。

ひとくちに子供とは言っても子供も変わりゆく人間で、自分が思っている子供の像と実際の本人とは隔たりがあるかもしれません。そこを見極めるのってすごく大変で、けど大事だと思います。

僕みたいに、親にはあまり過度に干渉してほしくない(けど干渉されないのも嫌である一匹狼気取っていて実は人が好きという面倒な)人間は、むしろこれって自分全然なにもしてなくないか?というくらいの接し方でいいと思います。

特に子供がこういう僕みたいなタイプの人間だと悟ったならば、まず受験前日に気合い入れてトンカツを揚げるなんてことはしない方がいいです(よく分からない人は2010年センター小説の「楽隊のうさぎ」後半をご覧ください)。

つまり、受験だからって特別なもの・接し方を実践する必要はないということです。

よく考えれば、18年間続けてきたモードを受験の1年だけ崩して振る舞うより、18年間のモードで接した方が子供の精神的にも優しいに決まっています。

僕が子育てについて口を出す立場にないのは分かっているので、とにかくいつも通りが大事ということだけをお伝えしたかったということをここに記しておきます。たいへん失礼いたしました。

最後に

自分のやり方は自分でしか分からないというのが僕のスタンスなので、具体的にどうしたらいいとは書きませんでした。抽象的なことばかりです。

分からなければ一度受験勉強をして、途中くらいにまたこの記事に戻ってくるのもアリです。受験勉強がどんなものかって、やった人にしか分かりませんからね。

では今回はこのへんで!

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