長期政権を担ってきた安倍晋三総理大臣が、つい先ごろ辞意を表明しました。持病の悪化により、これ以上重責に耐えられなくなったというのが理由です。政党政治において、総理大臣の存在は非常に大きく、職務も多岐にわたり陣頭指揮を執るので大変だったことでしょう。ほかの国でも首相や大統領の健康問題はトップシークレットとも言われ、政権を揺るがしかねない問題なのです。
安倍総理は総理大臣の座を退きますので、いま話題となっているのは、次が誰になるか、ということです。菅氏、石破氏、岸田氏の3名が候補者となって、これから「自民党総裁選」がおこなわれます。ここであれっ?と思いませんか。今回行われるのは自民党の総裁選です。挙げた3名の候補者は自民党総裁選の立候補者です。総裁選では総理大臣を選ぶわけではありません。あくまで「党の総裁」を選ぶ選挙です。
じゃあ、総理大臣はどうなるの?と思われるでしょう。総理大臣は総理大臣で、また別の機会に選挙がおこなわれて選ばれます。紛らわしいですよね。それは、日本がアメリカのように大統領を直接選ぶのではなく、まず党の代表が党内で選ばれ、その上で国会で総理大臣を選ぶという、「間接民主制」「議院内閣制」を摂っているからです。二重構造になっているから少しわかりにくいんです。
今回は、いま話題の自民党総裁選について、総理大臣の選び方とともにまとめていきます。今年は新型コロナウィルス、都知事選挙などが時事問題として非常に重要になりますが、ここにきて自民党総裁選、総理大臣の選び方、日本の政治の行われ方、といったことがクローズアップされています。非常に大切な選挙制度なので、これを機会に時事問題対策としてもしっかり理解しておきましょう。
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自民党の総裁選=総理大臣の選挙ではない!
突然の辞意表明をした安倍晋三総理大臣ですが、非常に長期にわたり政権を担い、総理大臣在任期間歴代ナンバーワンになったばかりでしたね。森友問題などがありながら、長期にわたって政権の指揮を執ってきたので、非常に激務だったことは容易に想像できます。
そんな総理大臣ですが、総理大臣は内閣のトップであり、三権分立の「行政権」のトップに位置する存在だということは理解できているでしょうか。つまり、日本の行政のトップとして、実際に政治をおこなう内閣を束ねる役割を果たすのが総理大臣です。非常に重要な存在なので、空白期間を置くわけにはいきません。ですから、次の総理は誰になるか、ということで連日テレビや新聞の紙面をにぎわせているわけですね。
ですが、注意してニュースを見てください。菅官房長官、石破元防衛大臣、岸田政務会長・元外務大臣の3名が立候補しています。そして、ニュースでは「次の総理大臣はこの3名の誰になるか」ということを報道していますが、正確にはこの3人は、「自民党総裁候補」です。今回おこなわれる選挙は、正確には「自民党総裁選挙」であって、「内閣総理大臣を選ぶ選挙」ではありません。
なぜこういう仕組みになっているかというと、日本では内閣総理大臣を国民が直接選挙して選ぶ、という選挙制度になっておらず、議院内閣制をとって間接的に内閣総理大臣を選ぶという制度をとっているからです。議院内閣制とは、国会議員を選挙で選び、選ばれた国会議員の中から内閣総理大臣が選ばれる、という仕組みです。いわば、内閣総理大臣を選ぶためには二段階の選挙が必要だということを思い出してください。
なぜ総理大臣でなく総裁を選ぶの?
今回おこなわれる選挙は、自民党の総裁を選ぶ選挙です。内閣総理大臣を選ぶ選挙ではありません。
日本にはいくつか政党がありますよね。自由民主党、立憲民主党、国民民主党、共産党・・・たくさんあります。党には党員がいて、その中に国会議員がいます。大勢の人が党にはいるので、党を運営するためには「総裁」という党のトップや、それを支える幹事長、総務会長、政調会長・・・といった役員が必要です。会社で言うと、社長が総理大臣、幹事長などはそれを支える取締役、というように考えると分かりやすいかもしれません。
そして、日本では、それぞれの政党で総裁を選びます。自民党だけでなく、立憲民主党と国民民主党が合流した新党でも、現在総裁選をおこなうとして、立候補者がいます。自民党総裁がクローズアップされているので目にする機会は少ないかもしれませんが、どこの党でも総裁を選ぶということは知っておきましょう。
各政党が総裁を選んだうえで、国会で改めて選挙がおこなわれて、そこで初めて内閣総理大臣が選ばれます。これが日本の議院内閣制の特徴なんですね。つまり、「自民党総裁選=内閣総理大臣選挙}ではないということがわかります。
内閣総理大臣は、安倍総理大臣が退任したらそこで空席になります。その空席を埋めるのが、さまざまあるどれかの政党の「総裁」になるわけです。つまり、各政党の総裁は、内閣総理大臣候補になるわけですね。内閣総理大臣を選ぶためには、まず各政党において総裁が決まっていることが必要です。
二段階の選挙をおこなってはじめて内閣総理大臣が選ばれるという決まりになっているので、まず第一段階の選挙として党の総裁を選ぶのです。
自民党総裁=内閣総理大臣になるのはなぜ?
ではなぜ、今回自民党総裁に立候補している3名の勝者が内閣総理大臣になるのでしょうか。それは、自民党が現在、各政党の中で圧倒的多数を占める政権与党(政権を担う、内閣を構成する党)となっているからです。
内閣総理大臣の選挙は、各政党の代表である総裁たちを候補者として、国会の内部でおこなわれます。内閣総理大臣は、その国会でおこなわれる選挙で最も多くの得票数を獲得した人がなるわけです。国会議員の票をどれだけ獲得できるかが、内閣総理大臣になるかどうかを決めるという仕組みになっています。
現在、自民党は公明党と連立政権を担っており、国会議員の数も圧倒的に多いです。昨年参議院議員選挙がおこなわれましたが、その際も自民党は圧倒的多数を占めています。衆議院選挙は3年前におこなわれていますが、その際も圧倒的多数を獲得して勝利しています。
つまり、現在は圧倒的多数の国会議員票をバックに、自民党の総裁が国会で内閣総理大臣に指名される、という仕組みになっているので、自民党総裁=内閣総理大臣になる、というわけです。現在の国会議員の中で自民党が占めている数を考えると、当然ながら現在自民党総裁に選ばれた人が、そのまま内閣総理大臣になる、というのが自然な流れなのです。
ちなみに、国会で内閣総理大臣は「指名」されます。「任命」するのは天皇なので、そこはきっちり抑えておきましょう。天皇は政治的行為をしないので、任命といっても形式上のものであり、実質的には国会で指名された時点で内閣総理大臣は決まりですが、その日のうちに天皇が任命する、という手続きが毎回されていることは知っておきましょう。
自民党総裁選の仕組みって?
では、注目の自民党総裁選はどのようにおこなわれるのでしょうか。
国会議員票、地方票、といったことばが飛び交っていますが、それは何でしょうか。自民党総裁に限らず、政党の総裁は党内の選挙でおこなわれます。内部選挙なのでどのように選ぶかは政党が自由に決めることができますが、公平を期すために選挙でおこないます。
選挙は「自民党員」によっておこなわれるわけですが、もちろん自民党から出馬している国会議員は自民党員です。それ以外に、自民党員には国会議員だけでなく、国会議員以外の「党員」もいます。この、国会議員以外の党員の票が「地方票」といわれるものです。全国に政党の本部があり、党員名簿もあります。党員は党費を政党に支払って党員となっています。ちなみに自民党の場合、一般党員の党費は年に4,000円です。
そして、自民党総裁を選ぶ際には、本来であれば国会議員、国会議員以外の党員すべてから選挙で選ばれるのが原則です。だからこそ、ニュースでも議員票、党員票ということばが報道されるわけですね。
ただし、今回は急な辞任ということもあり、すぐに総裁を選ばなければならないという理由から、国会議員と、各都道府県からそれぞれ3票ずつの票数の得票順で総裁が選ばれることになっています。ほとんどの都道府県では、3票をだれに入れるか予備選挙をおこなうとしており、3票を得票順に割り振る「ドント方式」あるいは予備選挙で1番になった候補者に3票すべていれる「総取り法」のどちらかの方式で決めることとしています。
そのため、今回の総裁選では、特に国会議員の支持がどれだけ得られるか、ということがより重要視されています。本来、全党員による地方票があれば逆転も可能ですが、今回は各都道府県3票と決まっているので、現在いる国会議員の数の方が多いわけです。そのため、国会議員の票をいかに集めることができるのかがキーポイントになるので、派閥が誰を支持するか、ということが注目を集めています。
政党には派閥というものがあります。特に自民党は規模が大きいということもあり、大小いくつもの派閥があります。そういった派閥が今回は、安倍政権の流れをくむということで、菅官房長官支持に回っており、菅氏が圧倒的に優位に立っている、というニュースが報道されるわけです。
ちなみに、あくまで自民党総裁選挙なので、いくら連立して政権を担っているとはいっても、公明党は総裁選に関与することはできません。
総裁選で選ばれたら内閣総理大臣選挙に臨む
無事に自民党総裁選で次期総裁に選ばれた人は、次に国会で行われる内閣総理大臣指名選挙に臨みます。総裁選で選ばれただけでは、そのまま自動的に内閣総理大臣にならない、ということがポイントなのでしっかり覚えておきましょう。
それぞれの政党の総裁、代表者が候補者となり、国会で改めて内閣総理大臣を指名する選挙がおこなわれます。その選挙では、国会議員だけが内閣総理大臣を選ぶことになります。そこは党員票が入ってくる総裁選とはまったく異なります。
内閣総理大臣指名選挙では、衆議院・参議院双方で誰を内閣総理大臣に選ぶか投票がおこなわれます。当然のことながら、自分が入っている政党の総裁、代表者を選ぶことになるので、現在であれば圧倒的多数を誇る自民党の総裁が選挙の結果、内閣総理大臣に指名されることになるわけですね。この場合は、党員選挙と異なり、連立を組んでいる公明党の国会議員も自民党総裁に票を入れると考えられるので、圧倒的多数で自民党総裁となった人が次の内閣総理大臣になることになります。
今回は安倍内閣総理大臣が辞任することによる内閣総理大臣指名選挙になりますが、もし内閣総辞職・衆議院解散により国政選挙がおこなわれた場合は、どのタイミングで内閣総理大臣指名選挙がおこなわれるかパッと出てきますか?答えは、「特別国会を開いて選挙をおこなう」です。衆議院解散というのは、衆議院議員の資格を取り上げ、国政選挙をおこなって衆議院議員を選ぶ制度なので、その間参議院議員はいますが、衆議院議員はいないということになります。
そこで、衆議院議員選挙がおこなわれたあと、内閣総理大臣を指名するために選挙をおこなわないと総理大臣不在となってしまいます。そのため、衆議院議員選挙がおこなわれてからすぐに特別国会という、内閣総理大臣を指名するための国会が開かれる、というわけです。この仕組みについてもしっかり押さえておきましょう。
内閣総理大臣が大臣を任命する
自分が内閣総理大臣に無事選ばれたとしても、ひとりで政治のすべてをすることはできませんよね。そこで、内閣総理大臣は、一緒に政権を担う「国務大臣」を選びます。
国務大臣とは、たとえば財務大臣、防衛大臣、外務大臣など、〇〇省のトップとなる大臣や、内閣官房長官も含まれます。また、○○省に限らず、たとえば「少子化対策専門大臣」「沖縄・北方領土担当大臣」や「オリンピック大臣」など、その時代に政治に求められているテーマに合わせて、それを担当する国務大臣もあります。
そして、国務大臣を誰にやってもらうか、そして問題が起きたときに辞めてもらう場合、その決定権は内閣総理大臣だけが持っています。世論がいくら「あの大臣は良くないからやめろ」といっても、内閣総理大臣が「辞めさせる」と言わない限り、辞めさせることができません。これを、内閣総理大臣に与えられた「国務大臣の任命権・罷免権」といい、任命もやめさせるのも内閣総理大臣の専決事項(その人だけが決められること)とされています。国務大臣をだれにするか選ぶのにも責任を持ち、辞めさせることにも責任を持つので、内閣総理大臣にとっては、権利でもあり、課せられた義務でもあると言えるでしょう。
内閣総理大臣は特殊な立場
日本国憲法は「三権分立」を原則としていて、立法権・行政権・司法権の3つがそれぞれを監視し合い、憲法に外れたことをやってはいけないという仕組みで国家運営をするように定めています。
立法権は国会、行政権は内閣、司法権は裁判所が担います。そんな中で内閣総理大臣は少し特殊な立場です。なぜなら、内閣総理大臣は内閣のトップとして行政権を行使する立場であると同時に、国会議員でもあるので、立法権を行使する権利もあるわけです。つまり、行政権と立法権両方に軸足を置くので、三権がけん制し合うという仕組みから少し外れているのです。これもまた、議院内閣制の特徴のひとつだと言えます。
実際には、内閣総理大臣として行政をおこなうのが職務の中心となり、法案の審議のときにも国会議員の立場から質問をするというよりは、その法案を通すための答弁をおこなっています。テレビの国会中継を一度見てみると分かりやすいですよ。
本来三権分立のうち2つに足を突っ込んでいる形の内閣総理大臣ですが、基本的には行政の長として、国会の根回しをして法案を通していく、という働きをしています。内閣総理大臣とはどういう位置にいる人なのか考えるときには、必ず三権分立についてもどういう仕組みだったか一緒に考えるようにしておくと理解が深まります。
まとめ
いま一番のホットトピックスともいえる自民党総裁選挙ですが、自民党総裁となって人は、少なくとも次の衆議院議員選挙がおこなわれるまで総裁でいて、かつ内閣総理大臣の氏名・任命を受けて内閣総理大臣の座に就くことになります。
内閣総理大臣は、日本の顔です。外交でほかの国の元首と意見を戦わせ、国際会議、たとえばサミットなどにも参加します。行政のトップとして、国民に対しても責任ある態度をとることが求められ、スムーズに政治が進むよう、さまざまな仕事をすることになります。
だからこそ、誰が選ばれるのか、その人の政策がどんなものなのか気になりますよね。ただし、私たち一般国民は内閣総理大臣を選ぶことはできません。日本は議院内閣制をとっており、国会が総理大臣を選ぶからです。国民ができるのは、内閣総理大臣を選ぶ立場にある国会議員をだれにするかよく考えて投票するところまでです。
今回は自民党総裁選挙と内閣総理大臣の選挙について、仕組みや違いを解説しました。日本の政治、立法の中心となる内閣総理大臣が誰になるのか興味があるところですから、ぜひこの時期、選挙の仕組みや日本ならではの議員内閣制、内閣総理大臣ができることなどについて整理しておきましょう。時事問題でもかなりの高確率で選挙制度や内閣制度について出題される可能性があります。知識をあやふやにせず、この機会にもう一度選挙制度についてしっかり確認しておきましょう。
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一橋大学卒。
中学受験では、女子御三家の一角フェリス女学院に合格した実績を持ち、早稲田アカデミーにて長く教育業界に携わる。
得意科目の国語・社会はもちろん、自身の経験を活かした受験生を持つ保護者の心構えについても人気記事を連発。
現在は、高度な分析を必要とする学校別の対策記事を鋭意執筆中。