日本人なら知っておきたい文学作品!文学作品まとめシリーズ【日記文学】

日記文学の覚え方は?おさえるべきポイント! 

今回は主な日記文学を時代順に説明していきます。成立時期や、内容をしっかりおさえていきましょう。中でも『土佐日記』『蜻蛉日記』『更級日記』は出題頻度が高い日記文学です。注意して覚えましょう。 

土佐日記 

  • 作者:紀貫之
  • 成立時期:平安時代(935年ごろ成立)

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」という書き出しが有名な日記です。作者紀貫之が女性になりすまして書いた日記文学です。土佐(現在の高知県)守となった紀貫之が都から土佐に向かい、任期を終え都に帰るまでを記しています。 

平安時代当時、男性は行事などの公的な記録として日記をつけていましたが、女性は私的な内容など現代の日記に近い内容を日記につけていました。紀貫之は男性ですが、『土佐日記』では女性になりすまし、女性として私的な内容を綴っています。

【補足】男性の手による有名な日記 

  • 小右記』…右大臣藤原実資の日記。978〜1032年の日記で、藤原道長の全盛期と重なり、当時の政治・社会をうかがえる史料となっています。
  • 御堂関白記』…藤原道長の日記。長徳4年(998年)から治安元年(1021年)までの公私の出来事を具注暦に記したもの。 

 

蜻蛉日記

  • 作者:藤原道綱母
  • 成立時期:平安時代(974年ごろ成立)

初の女流日記文学。作者である藤原道綱母は歌人としても知られています。日記は作者が20歳の時に藤原兼家のもとに嫁いだところから始まり、20年にも及ぶ夫婦生活において、夫兼家が通ってこなくなるはかなさについて描かれています。当時の夫婦生活を知る上でも貴重な文献といえます。

和泉式部日記

  • 作者:和泉式部
  • 成立時期:平安時代(1009年ごろ成立)

恋人の為尊親王(冷泉天皇の皇子)の若すぎる死に嘆き悲しむ和泉式部に為尊親王の弟である敦道親王から求愛歌が贈られます。恋多き女、和泉式部の恋愛を贈答歌を中心にえがいています。他の日記文学と違い、『和泉式部日記』は第三者の視点で記されているという特徴があります。そのため、作者は和泉式部ではなく、第三者であるという説もあります。 

紫式部日記

  • 作者:紫式部

  • 成立時期:平安時代(1010年ごろ成立)

源氏物語』の作者とされる紫式部の日記。一条天皇の中宮彰子に仕えていた日々(1008年秋~1010年正月)を中心に記されています。内容は、中宮彰子に仕えていた日々のほか、同僚女房に対する批評(和泉式部赤染衛門清少納言ら)、回想述懐の大きく3つに分けられます。冷静な視点で描く観察眼に優れた筆致が特徴です。

更級日記

  • 作者:菅原孝標女 
  • 成立時期:平安時代(1060年ごろ成立)

源氏物語』に憧れていた少女(菅原孝標女)が都で宮仕えをし、結婚、出産などを経て、現実は物語のようにはならないことを目の当たりにしていく…自身の半生を振り返った自伝的日記

冒頭、父である菅原孝標の赴任先で『源氏物語』の続きを早く読みたい、自分も物語の登場人物のような人に出会いたいと夢を抱く少女。この点から紫式部の『源氏物語』は地方でも存在を知られるほど広まっていたことがわかります。そのような『源氏物語の影響力を知る上でも重要な文献とされています。

まとめ

  作者 成立時期
土佐日記 紀貫之 平安時代(935年ごろ成立)
蜻蛉日記 藤原道綱母 平安時代(974年ごろ成立)
和泉式部日記 和泉式部 平安時代(1009年ごろ成立)
紫式部日記 紫式部 平安時代(1010年ごろ成立)
更級日記 菅原孝標女 平安時代(1060年ごろ成立)

成立順は

『土佐日記』⇨『蜻蛉日記』⇨『和泉式部日記』⇨『紫式部日記』⇨『更級日記』 

の順です。土佐日記』は日本初の日記文学、『蜻蛉日記』は女性初の日記文学です。それぞれ日記の内容だけでなく、同時代の日本文学についてもおさえておくと良いでしょう。 

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