近年、受験生の理系志向が顕著となり、将来はたとえば医学部に進学したい、させたいとお考えの方やご家庭は増えています。また、入試をおこなう中学校も、理系志向を打ち出して算数1教科入試をおこなう学校が増えてきていたり、入学後も数学や理科の進度が速い学校も少なくありません。
一方で、受験生にとっては理科は身近なものでありながら意外とイメージがわかずに苦手意識を持つ科目になっているのも事実です。そのため、理科の勉強をあと回しにしてしまい、直前期に詰め込もうとしてもなかなかうまくいかない、というご相談を受けることもあるのです。
こういったお子さんの「理科嫌い」をなんとか克服しようと、理科実験教室に通わせているというご家庭も多いですし、実際に大手進学塾でも理科実験教室を開講しており、非常に人気があります。また、理科実験教室を運営する会社も出てきているなど、その勢いはとどまるところを知らないと言えるでしょう。
ただし、理科において理科実験はたしかに重要ですが、ただ実験だけしていれば理科ができるようになるわけではない、という点には注意が必要です。理科実験はお子さんの知的好奇心や「なぜそうなるのかな?」という素直な気持ちを伸ばすためにとても有効です。しかし、やり方によってはお子さんの知的好奇心を奪ってしまうことにもなりかねない危険性をはらんでいます。「理科」と「理科実験」はバラバラに独立しているものではなく、密接に絡み合っている関係です。そのなかから理科実験だけを取り上げて楽しく実験して終わり、では、本来求めたい理科実験の経験からくる理科への興味を妨げてしまいかねません。
そこで、今回は理科実験教室は本当に役に立つのか検証してみたいと思います。お子さんを理科実験教室に通わせているご家庭、またこれから通わせようかなとお考えの場合には、ぜひ理科実験の意味をよく考えて活用することをお勧めします。
Contents
理科実験教室って役に立つ?楽しんで終わりになっていませんか
近年、お子さんを理科実験教室に通わせているというご家庭はとても増えています。低学年から通わせることができ、理科への好奇心を養いたいということから通塾をしていらっしゃることが多いです。少子化の影響でお子さんひとりあたりにかけられるお金は増えている傾向にある現代では、少しでも早いうちから将来の中学受験に向けての習いごとをはじめるケースは少なくありません。幼稚園のころから幼児教室に通わせたり公文をやってみたり、さまざまな習いごとをさせて少しでもお子さんの可能性を伸ばしたいという保護者の方も多いことでしょう。そうした傾向から、最近では理科実験教室にお子さんを通わせるというご家庭が増えているのです。
では、理科実験教室で習う内容はどのようなものでしょうか?たとえば、電流について学ぶためにリモコンカーを作ったり、レモン電池を作ってみるなどはよくおこなわれています。ほかにも水溶液の性質と反応色の関係を調べるために村崎キャベツなどさまざまな野菜や果物など身近なものを使って実際にどのように色が変わるのかを観察したりするなど、お子さんが楽しめるような実験が数多くおこなわれます。
このように実際にやってみる、結果を見てみる、という経験自体はとても良いことです。イメージだけでは理解しにくいのが理科の世界であり、また理科実験は中学受験でもさまざまな形で出題されるので、どこかで経験していると実際に入試問題を解くときに役立つことはたくさんあるでしょう。
ただし、あくまで自分の手で、目で実験をして確認することが大切です。実際に手を動かしてやってみることではじめてその実験の仕組みを理解することができるからです。ここに実は理科実験教室の落とし穴があることには注意が必要です。
限られた時間で、しかも人数が多い理科実験教室の場合、先生が卓上で実験をして見せて、お子さんはただそれを見ているだけというケースもあるのです。また、あらかじめ用意されたキットを手順通りに組み立てて完成、ということもあります。これでは、自分の手で、目で確かめながら実験をしているとは言えません。
先生がやった実験を見て「色が変わった」「電気がついた」と確認することは、あくまで擬似的体験であって、自分の頭で試行錯誤して実験をして課題を解決することにはつながらないからです。また、決められたキットを使って模型を作ったとしても作成方法が決められているので自分の頭で考えることなくただ作って終わり、という結果になってしまいかねません。
このような理科実験教室での体験は、実体験とは言えません。理科実験教室に通わせるなら、少人数で、お子さんが自分自身で実験をするのであれば意味があります。ただしこの場合であっても、ただその場で実験をして終わり、としてしまってはただ「楽しかった」で終わってしまいます。
楽しいことは好奇心につながるのでそれはそれで良いのですが、その実験は何を確かめるためにするものなのか、そして実験結果はどうだったのか、そのことから何が分かったか、という「課題の提示→実験→結果→考察」という、大切なプロセスを飛ばしてしまっては理科実験をする意義が失われてしまいます。
中学入試で出題される理科実験は、まさに課題を解決するために実験→結果→考察をおこなう実験考察問題と言われる形式です。ただ実験してみて分かった、だけでは足りないのです。そこから何が導き出せるのか自分なりに試行錯誤して結果を分析することができてはじめて、理科実験をきちんと体験できたということになるので注意してください。
擬似的な実験体験では足りない。答えがない実験を想像できるかが重要
また、理科実験教室での実験の問題点のもうひとつは、その実験に必ずあらかじめ答えが用意されている、ということです。たとえば、紫キャベツの汁の色の変化の実験をする場合、あらかじめ混ぜるものが用意されています。たとえば酸性にするならお酢、アルカリ性にするなら重曹、といった具合です。つまり、初めて見て、酸性にするには何を加えればよいのか、アルカリ性にするには何を加えればよいのか、という試行錯誤するプロセスを奪ってしまっているわけです。これでは決められた手順をただなぞっているだけになってしまいます。
理科実験とは、本来課題を解決するために試行錯誤して方法を考え、実際に実験し、結果を確認して課題の解決方法を発見することに本質があります。最初から正しい答えが用意されていればそういった思考回路を養うことは難しいでしょう。
正しい実験器具や実験試薬、そして正しい答えが用意されている状態で、またそれが分かっている状態で実験したとしても、「これを混ぜたらどうなるかな?」「思うような結果が出なかったから違うもので試してみよう」「これを混ぜたらこんな色になった、これは何を意味するのかな?」といったような新鮮な驚きを得ることはできず、粛々と進めていくだけであとには何も残らない、ということになってしまいます。
このような理科実験をいくら数こなしたとしても、擬似的な体験に過ぎず、用意されたプロセスで用意された正しい答えだけを導く実験をしているだけなので、検証はできても試行錯誤はできません。そのため、少し条件が変わっただけで何をしたら良いかわからなくなってしまい、また答えがひとつとは限らないことを実験で解決することはできないでしょう。そうすると理解に対する好奇心を養うことは難しくなります。
また、特に男のお子さんの場合、リモコンカーの実験は大好きですが、この場合もあらかじめキットが用意されていて、決められた手順で作っていきます。そうすると、手順通りに組み立てることだけで頭がいっぱいになってしまい、一番肝心な、「この仕組みだとなぜ動くのか」「どのような仕組みにすれば動くのか」という原理原則を理解せずにただ組み立てて持ち帰って満足することで終わってしまいます。これでは原理原則を問われたときに答えることができませんし、見たことのないようなリモコンカーの問題が出題されたとしても作ったものと違えば知らないということになり、試行錯誤することをやめてしまうことにつながりかねません。
お子さんはみんな、本来的に「知りたい」という好奇心を持っています。幼児のころは、目に入るもの、手で触るものすべてに対して興味を持ちますよね。そして、「これはなに?」「あれはなに?」「どうしてこうなるの?」といった疑問をたくさん保護者の方に質問してきたのではないでしょうか。
理科に必要なのはまさにこのような「知りたい」という知的欲求です。これがないと学ぼうという意欲を高めていくことができません。いくら幼いときから幼児教室などに通って答えの決まった問題をたくさん解いたとしても、答えを知ってしまったとたんお子さんは興味を失います。最も大切な「なぜこうなるのか」という知的好奇心を奪ってしまうことにもなりかねません。
そういった形で体験の場を与えたとしても、理科で必要な自然科学全般に対して興味を持ち、課題解決のために仮説を立てて実験してみて試行錯誤する、という能力を養うことができなくなってしまいます。理科実験教室での実験体験はこのような危険をはらんでいることには注意が必要です。
理科実験教室の良さを活かして自分で考察することが大切
理科実験教室は、なかなか経験できない実験をする場としてもちろん意味はあります。ただし、やり方と、持ち帰った結果について何を得られるかという点が理科実験教室に行って意味があったと言えるかどうかに大きく関わってくることを忘れてはいけません。
小学生、しかも低学年の場合は、脳の発達がまだ途上なので、抽象的な概念を正しく理解することは難しいです。そのため、実際に体験することによってイメージをつかんで理解を深められるのは理科実験教室の利点だと言えるでしょう。また、これまで理科にまったく興味がなかったお子さんが、理科実験教室に参加したことをきっかけに家にあるもので自作の実験キットを作って実験したりというように好奇心を持つ可能性があるのも嬉しい結果ですね。
こうした理科実験教室の性質を理解したうえでうまく活用することが必要です。ある実験をして来たら、家でその内容をもう一度再現してみる、あるいはノートに実験手順と結果を書き出してみて確認し、その実験の結果何が分かったのか、それとも分からないことが残ったのか、それを解決するにはどのような方法が考えられるのか、ということを考える時間を持つと理科実験教室に行った効果は非常に高まるでしょう。
理科実験教室は、行って実験して帰ってきてからが勝負です。せっかく通うのですから徹底的に活用したいですよね。お子さんと一緒に、その日にやってきた実験の内容を確認して、実験ノートを作ってあれこれ意見を出し合って、新しい実験を考え出してみるのも良い方法です。ぜひ保護者の視点から、「じゃあ、これがこうなったら結果はどうなると思う?」「家にあるものでできるからやってみようか」などと声をかけて一緒に楽しんでみてください。そのことがお子さんの理科的好奇心に対する良い刺激になります。
日常生活で理科的好奇心は養える
理科実験教室は現在非常に人気が高く、特に大手進学塾で開催している理科実験教室は定員がすぐに埋まってしまい、なかなか通う機会がないけれど大丈夫・・・?と思われる保護者の方も多いのではないでしょうか。
もちろん実際にいろいろな実験ができるのはメリットですが、もし理科実験教室に通わなかったとしても、工夫しだいで理科に対するお子さんの興味をはぐくむことは十分可能です。日常生活のさまざまなシーンで理科的好奇心を刺激することができることも知っておくと、ふとした瞬間に「なぜこうなるの?」という疑問を持ち、調べるという習慣を身につけることが可能になります。
たとえば、お風呂に入っているときは格好の理科実験の場です。水の状態(三態)や浮力について体験することができます。
お風呂に入っているときに、天井には水滴がついていますよね。そこで「なんであんな高いところに水がついているのかな?」とお子さんに問いかけてみましょう。疑問を投げかけられたお子さんは、真剣に理由を考えるものです。保護者の方が一言疑問を投げかけてあげるだけで、水が水蒸気になって天井について冷えて水滴になった、という「水→水蒸気」への変化を身をもって体験することができます。
また、水蒸気は目に見えませんが、水滴は目に見えますよね。つまり、水と一口によっても状態はさまざまだということが分かるわけです。それを発展すると、雲がなぜできるのか、といったことや、気流の上昇についても話を広げることもできます。お風呂の天井の水滴から話がそこまで広がると、お風呂から上がったら調べてみる!ときっと思いますよ。その行動こそが知的好奇心を養うのです。
また、お風呂で忘れてはいけないのが浮力です。たとえば洗面器や風呂おけをさかさまにして湯舟のお湯の中に入れるとどうなるでしょうか。洗面器や風呂おけは上から押そうとすると押し返そうと反発してくるので、その動きを実際に手で確かめることができます。また、タオルを浮かべて風船を作るのも古典的ですが良いですね。これらは立派な理科実験と言えます。実際に体験して仕組みを考えることができ、もっと知りたいという理科的好奇心を養うのにピッタリです。
理科の物理分野の難関である「浮力」については、目に見えないだけに塾の授業やテキスト、学校の教科書などを使っていくら解説だけしても、実体験を伴わないとイメージすることができません。しかし、お風呂という日常生活上の習慣の中で洗面器をお風呂に沈めてみた経験があれば、「お風呂でやったあの経験のことだ」ということを結びつけて考えられるため、自分の経験と学習した知識を結びつけることができるのです。
お風呂以外にも、料理をするときにてこの原理で包丁を使うことや、カレールーが解けるところを見てものの溶け方を学ぶこともできますし、公園のブランコで遊べば力学の振り子の仕組みを実体験できます。このように、家や学校、公園など身近なところでさまざまな経験をしたり、生えている植物や出会った動物について調べてみることができれば、お子さんの理科への興味は一層増していくでしょう。ぜひ日常生活での実体験も大切な経験だととらえて刺激してあげてください。
ただし、やりすぎは禁物。楽しむことが第一
このように、日常生活のなかでもお子さんに理科に対する興味を持たせることはできますが、だからといって「これも教えなきゃ」「あれも教えなきゃ」と保護者の方があまり堅く緊張感を持ちすぎて義務的にとらえてしまうと、お子さんは発見を楽しむことができず、かえって逆効果になってしまうので注意が必要です。
日常生活の中で理科体験をお子さんにさせるには、保護者の方があくまでさりげなく疑問を投げかけ、お子さんの「知りたい」という気持ちを刺激してあげることが大切です。あまり義務感にかられると、楽しんで理解するというよりは机の前に座って勉強しているのと変わらなくなってしまい、体験ではなく座学になってしまいます。
その場ですぐにお子さんが理解しきれなくても叱らないで、何度でも疑問を投げかけてお子さんが試行錯誤する時間を大切にしてあげてください。そして、正解をすぐに教えないことも重要です。試行錯誤して課題解決をするプロセスこそがお子さんの成長を促すからです。あのとき一緒にやったことはこういうことだったんだ、とお子さんが気づけばしめたもの、という程度に考えておきましょう。
お子さんは、楽しかったことやはじめて知ったことは意外と忘れないものです。自分から気づきを得ようとして得られたとき、それは大きな喜びに変わり、深い理解へと繋がります。そういったプロセスが学習する意欲を引き出し、理科に対する「好き」を増やしていくのです。
ぜひ、理科実験教室に通うときも、通わないときも、お子さんの理科的好奇心を刺激して、経験を活用して理解を深めるよう働きかけてあげましょう。
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一橋大学卒。
中学受験では、女子御三家の一角フェリス女学院に合格した実績を持ち、早稲田アカデミーにて長く教育業界に携わる。
得意科目の国語・社会はもちろん、自身の経験を活かした受験生を持つ保護者の心構えについても人気記事を連発。
現在は、高度な分析を必要とする学校別の対策記事を鋭意執筆中。