日本人なら知っておきたい文学作品!平安時代の勅撰漢詩集『文華秀麗集』

文華秀麗集』は嵯峨天皇の命により、弘仁9年(814年)に成立した3巻からなる勅選漢詩集です。撰者は藤原冬嗣[i]菅原清公[ii]勇山文継ら。

年代・作者別ではなく、テーマ別に分けた部立で構成されており、後の『古今和歌集』の構成に影響を与えました。漢詩集の前にまずは、平安時代初期の“唐風文化”について説明していきたいと思います。

延暦13年(794年)に平安京に遷都してから寛平6年(894年)に菅原道真[iii]によって遣唐使[iv]が廃止される9世紀末頃までの文化を嵯峨・清和天皇の時代の元号をとって“弘仁・貞観文化”と言います。

遣唐使から伝わった唐の文化に影響を受けた唐風の文化です。朝廷の貴族らの間では平安仏教や漢詩などの漢文学が栄え、漢文の素養が朝廷の官吏にとって必要不可欠となりました。

漢文学についてさらに詳しくみていきます。嵯峨天皇は中国の文化を積極的に取り入れ、法典の編纂や唐風の儀式を、在来の風習や儀式に取り入れ、朝廷行事や年中行事を整え、確立していきました。それらをまとめ撰したものが『内裏式[v]』です。

また文章経国[vi]の思想に基づいて、文人・学者を積極的に登用しました。そのため漢文学は官吏らにとって必要不可欠な素養であったのです。しばしば宮廷内で漢詩文を詠む宴も催されました。そのような背景もあり、勅選漢詩集が編纂される運びとなったのです。

次に漢詩集について説明していきたいと思います。平安時代になり漢文学が重宝されたのではなく、貴族の間で教養として漢詩文は詠まれていました。勅選の漢詩集が編纂されたのは平安時代に入ってからですが、奈良時代にも漢詩集が編纂されており、現存するのは『懐風藻』のみ。『懐風藻[vii]』は天平勝宝3年(751年)に成立したとされ、撰者は諸説ありますが、淡海三船[viii]とする説が有力です。

その後平安時代になり、嵯峨天皇の命で弘仁5年(814年)に『凌雲集[ix]』が編纂されました。撰者は小野岑守[x]、菅原清公、勇山文継らです。その後編纂された勅選漢詩集が『文華秀麗集』です。その後、淳和天皇の命によって天長4年(827年)に『経国集[xi]』が編纂されました。撰者は良岑安世、南淵弘貞、菅原清公らです。

平安時代は『凌雲集』、『文華秀麗集』、『経国集』の3つの勅選漢詩集が編纂されました。勅選漢詩集に見受けられるように、平安時代初期漢詩文は興隆し、優れた漢詩が沢山詠まれました。中でも漢詩の名手として知られているのは、嵯峨天皇や空海[xii]、小野篁[xiii]、都良香[xiv]、そして少し時代が遅れて菅原道真らがいます。

勅選漢詩集だけでなく、漢詩文についての評論などを収載した『文鏡秘府論[xv]』を空海が弘仁11年(820年)に著しました。さらに空海の詩文を集めた『性霊集[xvi]』も編まれました。

時代は後になり、昌泰3年(900年)には菅原道真の詩文を集めた『菅家文草[xvii]』が著されました。菅原道真の詩集は他にも漢詩集である『菅家後集[xviii]』、詩歌集である『新撰万葉集[xix]』があります。

このように『文華秀麗集』が編纂された時代は漢文学が興隆していました。そのため、文学史の中ではこの時代を“国風暗黒時代”とも言います。

そしてその後、日記文学や『源氏物語』をはじめとした国風文化が花開いていきます。

最後に『文華秀麗集』について、いくつか問題を出したいと思います。

問1、『文華秀麗集』が編纂された平安前期の文化を何と言いますか。

問2、『文華秀麗集』は何天皇の命によって編纂されましたか。

問3、『文華秀麗集』と同じ平安時代に編纂された勅選漢詩集を2つ答えなさい。

問4、『文華秀麗集』の撰者を一人答えなさい。

問5、中国の文化は何よって伝えられましたか。

→次回は竹取物語について解説します!

(註)

  • [i] (775~826) 平安初期の廷臣。通称、閑院左大臣。嵯峨天皇の信頼厚く、蔵人頭くろうどのとう・右大臣・左大臣を歴任、「弘仁格」「内裏式」を撰修。施薬院・勧学院を設置した。娘順子は文徳天皇の生母。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [ii] (770~842) 平安前期の学者。名は「きよぎみ」「きよただ」とも。「凌雲集」「文華秀麗集」の撰者の一人。804年空海・最澄らと入唐、翌年帰国。朝儀や風俗の唐風化につとめた。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [iii] (845~903) 平安前期の学者・政治家。是善の子。菅公かんこう・菅丞相しようじようと称される。宇多・醍醐両天皇に重用され、文章博士・蔵人頭などを歴任、右大臣に至る。この間894年遣唐大使に任命されたが建議して廃止。901年藤原時平の讒訴ざんそで大宰権帥に左遷、翌々年配所で没した。性謹厳にして至誠、漢詩・和歌・書をよくし、没後学問の神天満天神としてまつられた。「類聚国史」を編し、「三代実録」の編纂へんさん参与。詩文集「菅家文草」「菅家後集」『三省堂 大辞林 第三版』
  • [iv] 遣隋使のあとをうけ、日本から唐へ派遣された公式使節。国書・物品などを奉献し、唐の文化を摂取する目的で、630年から894年に中止されるまで一六回にわたって派遣された。入唐使につとうし。もろこしの使い。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [v] 平安初期,宮中の儀式を記した書。全3巻で,上中2巻は恒例の行事,下巻は臨時の儀式を記す。嵯峨天皇の命で,821年に藤原冬嗣らが編纂し,833年に清原夏野らが改訂した。宮中儀式の基本として珍重された。『旺文社日本史事典』
  • [vi]文章は経国の大業不朽の盛事。〔魏文帝「典論」〕すぐれた文章を作ることは国の大事業であり、永久に伝えられる不朽の事業である。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [vii] 漢詩集。一巻。撰者未詳。751年成立。近江朝から奈良朝の間の詩約一二〇編を収める。中国詩の影響を大きく受け、個性的表現にまでは至っていないが、現存最古の漢詩集として貴重。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [viii] (722~785) 奈良時代の漢学者。大友皇子の曽孫。僧名元開、還俗して淡海真人の姓を与えられる。刑部卿・大学頭・文章博士などを歴任。著「唐大和上東征伝」など。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [ix] 最初の勅撰漢詩集。一巻。嵯峨天皇の下命により、小野岑守・菅原清公らが撰。814年成立。嵯峨天皇・小野岑守ら作者二四人、詩数九一首を収める。凌雲新集。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [x] 778〜830、平安初期の官人・学者。小野妹子の玄孫。篁の父。大宰大弐のときに公営田の設置を建議。『内裏式』『凌雲集』の撰進に参加した。『経国集』『文華秀麗集』に詩がおさめられている。『旺文社日本史事典』
  • [xi] 勅撰漢詩文集。二〇巻。現存六巻。淳和天皇の命を受け、良岑安世が滋野貞主・菅原清公らと撰。827年成立。嵯峨天皇・石上宅嗣・淡海三船・空海らの詩文を収める。六朝詩・唐詩の影響を受け、平安時代詩文の隆盛を示す。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xii] (774~835) 平安初期の僧。日本の真言宗の開祖。諡号、弘法大師。讃岐の人。804年最澄らとともに入唐し、長安の青竜寺恵果に学ぶ。806年帰朝して高野山金剛峰寺を開く。嵯峨天皇より東寺(教王護国寺)を賜り、その翌年には大僧都に任ぜられた。日本最初の庶民学校である綜芸種智院を設立。書にすぐれ三筆の一人にあげられ、「風信帖」などの名品がある。また、詩文にも秀でた。後世、広く庶民信仰の対象として尊ばれた。著「三教指帰」「十住心論」「弁顕密二教論」「性霊集」「文鏡秘府論」「篆隷万象名義」ほか。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xiii] (802~852) 平安前期の学者・歌人・漢詩人。通称、野宰相・野相公。岑守の子。参議。清原夏野らと「令義解」を撰。博学で詩文に長じたが、性直情径行、野狂と呼ばれる。詩文は「経国残篇」「扶桑集」「本朝文粋」などに、歌は古今集にみえる。「小野篁集(篁物語)」は後人の仮託。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xiv] (834~879) 平安前期の漢学者・漢詩人。文章博士。「文徳実録」の撰に参加。天才的な詩人また文章家で、多くの逸話を残す。著「都氏文集」『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xv] 詩学書。六巻。空海編著。820年以前に成立。六朝・隋唐の詩学・詩論を収集整理した日本最初の詩学書。音韻論・修辞論を主とし、作詩上の根本態度をも説く。これを抄約したものが「文筆眼心抄」。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xvi] 平安初期の漢詩文集。一〇巻。空海作、真済編。835年頃成立。詩・碑文・啓・願文など、約一一〇編を収める。のちに巻八・九・一〇が散逸したが、1079年済暹が逸文を集めて「続性霊集補闕鈔」として編んで補った。せいれいしゅう。遍照発揮性霊集。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xvii] 漢詩文集。一二巻。菅原道真作。900年成立。前半六巻は詩、後半六巻は賦・銘・賛・奏状・願文など。正称は「道真集」。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xviii] 漢詩集。一巻。菅原道真作。903年以前の成立。死に臨んで道真が自らの詩を集め、紀長谷雄に贈ったものという。大宰府左遷後の詩三八編を収める。正称は「西府新詩」。菅家後草。『三省堂 大辞林 第三版』
  • [xix] 詩歌集。二巻。菅原道真撰とする説もあるが、撰者・成立年ともに未詳。真名書きした和歌ごとに、同内容の七言絶句を添えたもの。和歌は「寛平御時后宮歌合」「惟貞親王家歌合」を主な資料とする。菅家万葉集。『三省堂 大辞林 第三版』

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