【大学受験】過去問題〜古典問題読解・解説〜日記文学『蜻蛉日記』藤原道綱母

今回は2021年度の名古屋大学教育、文、理、経済、医学部の国語の過去問を一部修正して古典問題の解き方を解説していきたいと思います。 

問題

次の文章は、『蜻蛉日記』中巻の一節である。作者の夫、兼家の来訪は途絶えがちになっている。これを読んで、後の問に答えよ。 

 かくて四月になりぬ。十日よりしも、また五月十日ばかりまで、「いとあやしく悩ましき心地になむある」とて、例のやうにもあらで、七八日のほどにて、「ア念じてなむ。おぼつかなさに」など言ひて、「夜のほどにてもあれば。かく苦しうてなむ。内裏へも参らねば、イかくありきけりと見えむも便なかるべし」とて、帰りなどせし人、おこたりてと聞くに、待つほど過ぐる心地す。あやしと、人知れず今宵をこころみむと思ふほどに、はては消息だになくて久しくなりぬ。めづらかにあやしと思へど、つれなしをつくりわたるに、夜は世界の車の声に胸うちつぶれつつ、時々は寝入りて、明けにけるはと思ふにぞ、ましてあさましき。幼き人通ひつつ聞けど、さるはなでふこともなかなり。「いかにぞ」とだに問ひ触れざるなり。まして、これよりは、なにせむにかは、あやしともものせむと思ひつつ、暮らし明かして、格子など上ぐるに、見出したれば、夜、雨の振りける気色にて、木ども露かかりたり。見るままにおぼゆるやう、
  (A)夜のうちはまつにも露はかかりけり明くれば消ゆるものをこそ思へ
 かくて経るほどに、その月ごもりに、「小野の宮の大臣かくれ給ひぬ」とて世は騒ぐ。ありありて、「世の中いと騒がしかなれば、つつしむとて、えものせぬなり。服になりぬるを、これら、とくして」ちはあるものか。いとあさましければ、「このごろ、ものする者ども里にてなむ」とて返しつ。ウこれにまして心やましきさまにて、たえて言づてもなし。さながら六月になりぬ。かくて数ふれば、夜見ぬことは三十余日、昼見むことは四十余日になりにけり。いとにはかにあやしと言へばおろかなり。心ゆかぬ世とは言ひながら、まだいとかかる目は見ざりつれば、見る人々もあやしうめづらかなりと思ひたり。ものしおぼえねば、ながめのみぞせらるる。人目もいと恥づかしうおぼえて、落つる涙おしかへつつ、臥して聞けば、鶯ぞ折はへて鳴くにつけて、おぼゆるやう、
  (B)鶯も期もなきものや思ふらむみなつきはてぬ音ぞなくなる

(注)
○帰りなどせし人…兼家をさす。
○幼き人通ひつつ…「幼き人」は、作者と兼家の子、道綱をさす。父兼家のもとに通っている。
○小野の宮の大臣…藤原実頼。兼家の伯父。
○服…喪に服すこと。伯父の場合は三ヶ月。
○これら、とくして…これらの衣服を早く仕立ててくれ、の意。
○ものする者ども…侍女たち。後の「見る人々」も同じ。
○折はへて…時節を長引かせて。
○期もなき…終わりのない。

蜻蛉日記』とは

初の女流日記文学であり、作者は藤原道綱母。上中下巻の3巻からなり、21年間にわたる夫婦の生活を描いています。夫兼家は正妻である時姫のほかさまざまな愛人の元に通い、作者の元にはあまり訪れず一人寝の寂しさが書かれているのが特徴です。日記は天延2年(974年)で終わっており、藤原道綱母が亡くなったとされるのが長徳元年(995年)であるため、『蜻蛉日記』はその期間に成立したと考えられています。 

問1

傍線部ア〜ウを、適宜語句を補い、わかりやすく現代語訳せよ。

【解答】
ア、気分がすぐれず苦しいけれど我慢してあなたのもとにやってきたのだよ。あなたのことを気がかりに思うので。
イ、このように出歩いて女性の所に通っていたのだと周りに知られるのも都合が悪いに違いないだろう。
ウ、衣服を用意してくれという夫の依頼を断ってからはますます夫は不機嫌な様子でまったく何の言伝もない。

それぞれ語句の意味を説明しながら解説していきます。 

ア念じてなむ。おぼつかなさに
念ず…【動詞】①心の中で祈る。心の中で願う。②がまんする。じっとこらえる。
おぼつかなし…【形容詞】①ぼんやりしている。ようすがはっきりしない。ほのかだ。②気がかりだ。不安だ。③不審だ。疑わしい。④会いたく思っている。待ち遠しい。

⇨発言主は夫・兼家です。アの前に「いとあやしく悩ましき心地になむある」(とてもおかしく気分が悪い状態だ)と言っており、以前のように作者の元に来れないのは体調が優れないからだと説明しています。そのことから、「念じてなむ」は、体調が優れないのに我慢してきたという意味合いで訳すのが良いでしょう。更に体調が悪くてもやってきた理由は作者のことが気がかりであると推測できます。

イかくありきけりと見えむも便なかるべし
かく…【副詞】このように。こう。
ありき(歩き)…【名詞】歩きまわること。外出。旅行や寺社の参詣や女の所へ行くことなどにいう。
けり…【動詞】来ている。やって来た。
助動詞「けり」は活用形の連用形につくため、この場合の「けり」は助動詞ではなく、動詞になります。
便なし…【形容詞】①具合が悪い。都合が悪い。不便だ。②感心できない。けしからぬ。③かわいそうだ。いたわしい。
べし…【助動詞】①〔推量〕…にちがいない。きっと…だろう。(当然)…しそうだ。確信をもって推量する意を表す。②〔意志〕(必ず)…しよう。…するつもりだ。…してやろう。強い意志を表す。③〔可能〕…できる。…できそうだ。…できるはずだ。④〔適当・勧誘〕…(する)のがよい。…(する)のが適当である。…(する)のがふさわしい。そうするのがいちばんよいという意を表す。⑤〔当然・義務・予定〕…するはずだ。当然…すべきだ。…しなければならない。…することになっている。必然的にそうでなければならないという意を表す。⑥〔命令〕…せよ。

⇨アと同じく発言主は兼家です。イの前を見ると、「内裏へも参らねば」とあり、体調が優れず内裏にも出仕していないと発言しています。出仕していないのに、かく「このように」ありきけり「女(作者)のところに行っている」ことは便なかるべし「都合が悪いに違いない」(この場合の「べし」は推量)と訳すのが良いでしょう。

ウこれにまして心やましきさまにて、たえて言づてもなし
まして…【副詞】①それにもまして。なおさら。②いうまでもなく。いわんや。
心やまし…【形容詞】足できず、不愉快な感じである。気にくわない。おもしろくない。ものたりない。
さま…【名詞】①ようす。ありさま。状態。②容姿。身なり。品格。態度。③趣。趣向。④形式。⑤やり方。方法。手だて。
たえて…【副詞】①〔下に打消の語を伴って〕全然。まったく。②すっかり。残らず。

⇨ウは、作者の心情になります。「これにまして」兼家は「心やましき」(気にくわない)「さま」(ようす)で、「たえて」(まったく)(後ろに打ち消しの意味を持つ動詞「なし」があるため)ことづてもないと訳すことができます。しかし、「これにまして」の「これ」が何をさすのかしっかり訳す必要があります。
 場面を整理していきましょう。段落が変わり、兼家の伯父である小野の宮の大臣(藤原実頼)が亡くなった話になります。久しく作者の元を訪れていなかった兼家が訪ねてきて「服になりぬるを、これら、とくして」(喪になったので、これらを早く仕立てて)と作者に言います。今まで訪ねてこなかったというのにと呆れた作者は「このごろ、ものする者ども里にてなむ」(近頃、裁縫をする者を里にいて)と断ってしまいます。そのような作者の態度により「これにまして」兼家は気にくわないようすになってしまったと考えられます。

問2

和歌(A)および(B)を、掛詞や比喩に注意してわかりやすく現代語訳せよ。 

【解答】
Aの歌
松の葉にかかる露も夜が明ければ消えてなくなってしまうように、私もやって来ない夫を待ちながら独り寝のつらさに一晩中泣きあかし消え入るようなもの思いをしていることだよ。

(Bの歌)
あの鶯も私がもの思いをして泣いているように際限もなくもの思いして鳴いているのだろうか。六月の終わりになってもまったくもの思いの尽きることもなく鳴いていることよ。

掛詞や比喩に着目しながら解説していきます。 

(A)夜のうちはまつにも露はかかりけり明くれば消ゆるものをこそ思へ
【掛詞】まつ…「待つ」と「」をかけています。
⇨夜のうちは松に露がかかっているが、朝になれば消えてしまう。露を涙に見立て、夜のうちは独り寝の寂しさに泣きあかし、朝に消える露にように消えいるような物思いにふけっていると解釈することができるでしょう。

(B)鶯も期もなきものや思ふらむみなつきはてぬ音ぞなくなる
【掛詞】みなつきはてぬ)…「水無月」と「尽き果てぬ」をかけています。「水無月」は六月のことです。「六月」は絶対おさえておきたいポイントです、この部分はしっかり訳しましょう。
⇨「なきものや」の後に「水無月」があるところに着目しましょう。は別名「春告鳥」と呼ばれている通り春の鳥です。春に求愛行動として鳴く鶯はつがいになり、次第に鳴かなくなります。水無月は春の終わりであり、春の終わりになっても鳴いている、つまり「なきもの」は季節であると考えられます。季節に関係なく、尽き果てることなく鳴き続ける鶯と自分を重ねています。

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参考

名古屋大学