主権国家体制の成立とイタリア戦争[たった15分で要点を総ざらい!受験に役立つ世界史ノート]

ここでは、16~17世紀のヨーロッパにおける、「主権国家体制」の成立について学習します。1648年に締結されたウェストファリア条約を以て確立したとされる主権国家体制ですが、封建体制からのこのような移行は近代国家の形成において最も重要な事柄の一つです。ここでしっかりと要点を押さえておきましょう!


主権国家体制の成立とイタリア戦争

主権国家と主権国家体制の成立

主権国家とは?

<主権国家の特徴>

  • 16世紀から17世紀にかけてヨーロッパに登場した国家体制。
  • 主権、国民、領土のある近代的な国家体形を指す。
  • 行政機関や常備軍を持ち、明確に決められた範囲の領地を一元的に管理する。

主権国家体制の成立

封建体制にとって代わった主権国家体制。イタリア戦争によって領土意識が明確化し、常備軍の必要性が増したことを背景に成立した主権国家体制であるが、こうした変化は封建体制の崩壊により領地ではなく国に帰属意識を持ち始めるなど、民衆の意識にも影響を与えた(「国民」意識)。またmこの時期にはイタリア戦争により対立が深まったハプスブルク家とフランス王家の存在もあり、各国で同盟外交が行われるようになる。外交官を置くなどの国際的な政治体制が成立したのもこの頃である。1648年ウェストファリア条約で主権国家体制は確立したとされる。

<初期の主権国家>

  • 絶対王政
    神に主権を与えられた国王
    が唯一の立法者として君臨する。(王権神授説)絶対王政の下、国王は行政、軍事などのあらゆる権限を掌握し、諸侯を廷臣として取り立て支配下に置いたが、その一方で農奴制や従弟制は変わらず維持された。
    常備軍官僚制が特徴の一つ(※イギリスを除く)で、下級の騎士・貴族は地主となった(※イギリスではジェントリと呼ばれる)。また商工業が発達したことで市民の中にも階級が誕生した(ブルジョワジーの誕生)。その後、市民階級(ブルジョワジーはより自由な貿易などの経済活動を求めて王に対立し、市民革命が始まる。
  • 経済活動の特徴
    • 重商主義
      常備軍や官僚制の維持のためにとる経済政策。貨幣の獲得・蓄積を政策の主眼とする。
      cf.) 重金主義(16世紀ごろ):スペイン、ポルトガル/貿易差額主義(17世紀ごろ):イギリス、オランダ、フランス
    • 問屋制家内工業
      イギリスではマニュファクチュア(工場制手工業が始まる。

イタリア戦争

ここでは、イタリアを舞台にしたヨーロッパ諸国の戦争”イタリア戦争”について見ていきましょう。

<イタリア戦争の流れ>

  • フランス国王シャルル8世のイタリア侵攻(1494年) ※ナポリ王位継承を主張する。

  • 神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世ら(教皇やイギリス)がそれに対抗。
    さらに、フランス国王フランソワ1世と神聖ローマ帝国皇帝カール5世の治世に対立が激化。(オスマン帝国の脅威に対して皇帝権の復興の意図を示したカール5世に対してフランソワ1世が反発したことがきっかけとなった。)

  • 教皇、イギリスはオスマン帝国とともに今度はフランス側につく。

結果

カトー=カンブレジ条約(1559年):

  • スペインはミラノナポリシチリアサルデーニャを領有。
  • イギリスはフランスのカレーという地域を喪失。
  • イタリアは戦争や地理上の発見(アジアへの海路の発見)で経済が衰退し、ルネサンスはアルプス以北へと移り、イタリア=ルネサンスは終焉を迎えた。

〔イタリア地図〕

〔フランス地図〕

※補足:イタリア戦争の流れを整理しよう!

  1. 初期
    フランス(シャルル8世)

    vs
    神聖ローマ帝国(マクシミリアン1世)・教皇・イギリス
  2. 激化
    フランス(フランソワ1世)・イギリス(ヘンリ8世)・教皇・オスマン帝国(スレイマン1世)
    vs
    神聖ローマ帝国(カール5世)
  3. 終戦
    勝利→スペイン(フェリペ2世)
    敗北→フランス、イギリス(エリザベス女王)

スペインの最盛期

<スペイン―ハプスブルク王朝(1516年~1700年)>

  1. カルロス1世(在位期間 1516年~1556年)
    • 神聖ローマ帝国との関わり
      カール5世として神聖ローマ帝国の皇帝に即位する。
      カルロス1世は、神聖ローマ帝国皇帝であり「騎士道精神の最後を飾る人」と称されたマクシミリアン1世の孫にあたる人物。マクシミリアン1世といえばフランス国王シャルル8世とイタリアの覇権をめぐって戦った(イタリア戦争)人物である。マクシミリアン1世が没すると、カルロス1世はフランス国王フランソワ1世と神聖ローマ皇帝の地位をかけて対立した。そして1519年、カール5世として神聖ローマ帝国皇帝の地位に就いた。
    • 大航海時代
      大航海時代といえばマゼラン。彼を支援し、大西洋航海を成功させたのはカルロス1世であった。
    • ハプスブルク家の分裂
      カルロス1世の引退により、スペインと神聖ローマ帝国は別々の道を歩み始める。
      神聖ローマ帝国の皇帝にはカルロス1世の弟・フェルディナンド1世が即位し、オーストリアを相続した。
      スペイン王には息子のフェリペ2世が即位し、オーストリア以外の領土を相続した。
  2. フェリペ2世(在位期間 1556年~1598年)
    • 新大陸との関わり
      新大陸からのの流入によりスペインは富む。
    • オスマン帝国との関わり
      レパントの海戦(1571年)でオスマン帝国に勝利する。
    • ポルトガル併合(1580年~1640年)
      併合によりポルトガルが持つ新大陸の領土などもスペイン領となった。結果、スペイン本土が夜であろうが、どこかの植民地には必ず日が昇っている様子から「太陽の沈まぬ国」と呼ばれるようになった。
    • オランダとの関わり
      カトリック化政策の一環で行われた新教の弾圧や重税、自治への干渉などにより、独立戦争が勃発。スペイン領からオランダが独立する。
    • イギリスとの関わり
      イギリスがドレークホーキンズら海賊に私掠特許状を与え、新大陸から銀を運ぶスペイン戦を襲わせていたこと、当時のイギリス国王エリザベス女王がオランダ独立戦争を支援していたことなどを背景に、アルマダ海戦(1588年)が勃発。この戦いでオスマン帝国をも破ったスペインの無敵艦隊・アルマダは敗戦。無敵艦隊の敗戦以降、スペインは衰退することとなった。
〔フェリペ2世〕

オランダの独立

<オランダ独立戦争(1568年~1608年)>

  • 原因
    1. ネーデルラントがゴイセンの多い土地であったこと
      ※ゴイセン…オランダのカルヴァン派
    2. フェリペ2世による新教の弾圧や重税
  • 独立戦争
    オラニエ公ウィリアムを筆頭に始まる。
    1579年 フェリペ2世により南部10州がスペイン側に寝返るも、残った北部7州でユトレヒト同盟を結成し、独立を誓う。
    1581年 ネーデルラント連邦共和国として独立を宣言。
    ※中心都市:ホラント州
    1585年 アントワープ(アントウェルペン)をスペインに占領される。
    1608年 休戦条約を結び、事実上の独立を果たす。
    1648年 ウェストファリア条約の締結により国際的に独立が認められる。

    その後首都をアムステルダムに置くと、世界進出を進め世界の金融、商業の中心となる。

※余談

この頃のヨーロッパは国対国での対立はあっても、王様はみんな親戚だったり、ごちゃごちゃしている気がしてしまいますよね。そういう時は家系図を描いてみたり、だれか一人に注目して当時のヨーロッパを見てみるとわかりやすくなったりすることもあるので、是非やってみてください!

(ちなみに私がこの時代を勉強するときに注目していた人は海賊ドレークとオスマン帝国皇帝スレイマン1世です。なぜこの二人だったのかというと、河惣益巳先生の『サラディナーサ』と篠原千絵先生の『夢の雫、黄金の鳥籠』を愛読していたからです。こちらも、良ければ…笑。※決して、本屋の回し者ではありません。笑)

→続きはこちら 17世紀ヨーロッパの危機と主権国家体制の確立

おすすめ記事

参照

  • 木下康彦・木村靖二・吉田寅編『詳説世界史研究 改訂版』、山川出版社、2018年
  • 八尾師誠監修 川音強著『改めて知る 国ごと,地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版―上巻―』、清水書院、2015年
  • 八尾師誠監修 川音強著『改めて知る 国ごと,地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版―中巻―』、清水書院、2015年
  • 八尾師誠監修 川音強著『改めて知る 国ごと,地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版―下巻―』、清水書院、2015年
  • いらすとや HP 最終閲覧日2020年6月7日
  • MUSEO DEL PRADO HP 最終閲覧日2020年6月7日

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大分舞鶴高校を卒業し1浪して東京女子大学へ進学。 浪人時は高校時代に憧れた東京への進学をモチベーションに、世界史・国語・英語の学習に励み、その結果、センター試験にて世界史満点の快挙を成し遂げる。 現在、大学では産業心理学を専攻し、社会人の社内の人間関係やストレス・鬱発症者の職場復帰プランケアの研究を行っており、卒業後はマスメディア業界への就職を予定。趣味は、幼少期の豊富な習い事経験から、声楽・バレエ・ピアノ・生花と多彩。