カルヴァンの宗教改革運動とカトリックの改革[たった15分で要点を総ざらい!受験に役立つ世界史ノート]

ここでは、カルヴァンによる宗教改革運動・イギリス国教会・カトリックの改革の3点について学びます。”カルヴァンによって説かれた「予定説」とは何なのか?””イギリス国教会とは?”など、宗教改革の疑問を解決しましょう!

カルヴァンの宗教改革運動とカトリックの改革

カルヴァンの改革

スイスでも宗教改革に取り組んだ人々がいる。
その中で最も有名なのが、チューリヒツヴィングリジュネーブカルヴァンだ。

〔スイス地図 ジュネーブ(左)、チューリッヒ(右)〕

<カルヴァンの宗教改革運動>

ここではカルヴァンの宗教改革運動について見ていきたい。
※カルヴァンが活躍したのはスイスだが、カルヴァン自身はフランス人でパリ大学の出身である。
※ジュネーブはフランスとの国境近くにある都市。

  1. キリスト教綱要』の出版(1536年)
  2. 宗教改革運動開始(1541年〜1564年)〔ジュネーブ, スイス〕
    • 福音主義による神権政治を求める
      福音主義…教会ではなくキリストこそが信仰する対象である、とする主義。
    • 長老制度による教会の運営
      司教制を廃止し、その代わりに長老制度を提案。
  3. 予定説に基づく禁欲的な労働
    予定説とは、「神から恩恵を受ける人間は最初から決まっており、その恩恵を受ける人間は欲求に打ち勝つ人間である」という考え。そのため人々は禁欲的に生活すれば神からの恩恵を受けられると考えた。
    ※貯金は禁欲の対象外とみなされた。

カルヴァンの考えは新興市民階級と利害が一致し、結果として資本主義の形成・発展に影響を与えた。(『プロテスタンリズムの倫理と資本主義の精神』―マックス=ウェーバー)

※各地のカルヴァン派
カルヴァン派は地域によって呼び名に違いがあるので注意。

  • オランダ→ゴイセン
  • フランス→ユグノー
  • イギリス→ピューリタン
  • スコットランド→プレステビリアン

これらの呼称は各地の反乱の名称としても使われるので覚えておこう!

イギリス国教会の成立

イギリスの宗教事情もまた、この頃から変化していく。

  • ヘンリ8世
    ルターがドイツで宗教改革を行なっていた頃、イギリスでは時の国王・ヘンリ8世がルターを批判し、教会との結びつきを強めていた。

    • 首長法の発布(1534年)
      ヘンリ8世の離婚で教会と対立したことで発布。国王を首長とするイギリス国教会を作る。
      →修道院は解散させ、土地身分没収
  • エドワード6世→幼くして亡くなる。
  • メアリ1世
    カトリックを復活させる。
  • エリザベス1世
    • 統一法(1559年)
      イギリス国教会を確立


〔エリザベス1世〕

<ポイント>

このヘンリ8世からエリザベス1世に至るまでもう少し詳しく見ていきましょう!

  • ヘンリ8世の奥さんたち
    • キャサリン
      ヘンリ8世の1番目の妻であり、王女・メアリ(後のメアリ1世)の母親。男女合わせて6人の子どもをもうけるも、成人したのはメアリだけ。
      その後、アン=ブーリンと結婚したいヘンリ8世の発布した首長法によって離婚。
    • アン=ブーリン
      ヘンリ8世の2番目の妻であり、王女・エリザベス(後のエリザベス1世)の母親。結局男児には恵まれず、不貞の罪(でっちあげられたものだとする説がある)で処刑される。
    • ジェーン=シーモア
      ヘンリ8世の3番目の妻であり、エドワード6世の母親。
      エドワード6世を生んだ数日後、産褥熱で死去。数いる妻の中で唯一ヘンリ8世と同じ墓に埋葬される。
      ※ヘンリ8世の妻は合計6人であり、あと3人いる。
  • ヘンリ8世の子どもたち
    • エドワード6世
      幼くして国王になり、新教派の摂政のもとでイギリス国教会をより確かなものにした。16歳の若さで死去。
    • メアリ1世
      離婚によって母親(キャサリン)と離れ離れになってしまった故の父親(ヘンリ8世)への復讐か否かは定かではないが、父親(ヘンリ8世)の始めたイギリス国教会を廃止し、カトリックを復活させた。また、妹(エリザベス1世)をプロテスタントの反乱を企てたとして投獄した。
      夫は、スペインを「太陽の沈まぬ国」と言わしめた王・フェリペ2世。
    • エリザベス1世
      メアリ1世に指名され国王になるも、メアリ1世が復活させたカトリックをやめ、イギリス国教会を復活させた。その安定した治世から、エリザベス1世の在位期間はイギリスの黄金期と讃えられた。
      ちなみに、現在のイギリス国王はエリザベス2世。

      ※エドワード6世とメアリ1世の間には在位期間がわずか10日にも満たない女王が存在したが、メアリ1世に処刑されたという。


      〔ヘンリ8世時代の家系図〕

カトリックの改革

ここでは旧教・カトリックの動きをみていく。
→主に教会とイエズス会の動き

  1. トリエント公会議(1545年~1563年)
    当時の教皇・バウルス3世が招集したもので新教・プロテスタント側が参加しなかったこともあり、教皇の至上権などを確認した。
  2. 宗教裁判
    宗教裁判を強化や禁書目録を作り、新教の弾圧をした。(魔女狩りが盛んになった。※魔女狩りは新教も行った。)
  3. イエズス会の活躍
    1534年にイグナティウス=ロヨラによって作られたカトリックの組織。カトリックを世界中に布教する活動を行った。

    • フランシスコ=ザビエル:1549年に日本で布教を始める。
    • マテオ=リッチ:中国・明で活躍する。


〔フランシスコ=ザビエル〕

宗教改革の意義

宗教改革以前のヨーロッパでは、国王や貴族よりも教会教皇が権力を持っていた。そのため、キリスト教を信仰する人が恩寵を受けるには聖職者によって行われる洗礼や聖餐などの秘蹟(サクラメント)という儀式を受けなければならなかった。神を信仰する過程に必ず教会が存在していたため、ヨーロッパの政治から国民生活に至る全ては教会を中心に回っていたのである。

宗教改革が始まり、ルターやカルヴァンらによって説かれた「信仰によって神からの恩恵を受けることができる」という考え方は、それまでのキリスト教の信仰の在り方を覆した。国王の任命権すらあった教会から独立し、新たな宗派を作った国王も登場した。このように、宗教改革はヨーロッパの政治から国民生活に至る全てを大きく変えることとなった。

そして、この改革は新たな政治的火種を生むことになる。旧教と新教の対立だけではなくなってくるのである。

→続きはこちら 主権国家体制の成立とイタリア戦争

おすすめ記事

参照

  • 木下康彦・木村靖二・吉田寅編『詳説世界史研究 改訂版』、 山川出版社、 2018年
  • 八尾師誠監修 川音強著『改めて知る 国ごと,地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版―上巻―』、清水書院、2015年
  • 八尾師誠監修 川音強著『改めて知る 国ごと,地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版―中巻―』、清水書院、2015年
  • 八尾師誠監修 川音強著『改めて知る 国ごと,地域ごとにまとめ直した高校世界史 増補版―下巻―』、清水書院、2015年
  • 亀井高孝、三上次男、堀米庸三編『増補版 標準世界史地図』、吉川弘文館、2014年
  • いらすとや HP 最終閲覧日2020年5月19日

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大分舞鶴高校を卒業し1浪して東京女子大学へ進学。 浪人時は高校時代に憧れた東京への進学をモチベーションに、世界史・国語・英語の学習に励み、その結果、センター試験にて世界史満点の快挙を成し遂げる。 現在、大学では産業心理学を専攻し、社会人の社内の人間関係やストレス・鬱発症者の職場復帰プランケアの研究を行っており、卒業後はマスメディア業界への就職を予定。趣味は、幼少期の豊富な習い事経験から、声楽・バレエ・ピアノ・生花と多彩。